1945年私は中国東北部(旧満州)で敗戦を知りそのままシベリアに抑留された。荒寥とした曠野で過ごした7年余り(軍隊生活3年、抑留4年)、壮絶な運命に翻弄された人間の清冽なまでの赤裸々な姿や、そこから立上がっていく人間本来の生きるための力を知った。
私の作品についてよく「どこかにシベリアを感じる」といわれる。そういえばそうだと思うが、それを意識して描くことはなかった。二十代の戦争と俘虜体験は強烈に刻まれ、私の原点として深い影を落としているのは確かだと思う。シベリアで私の見た人間の残像は、今も心に焼きついて忘れられない人間のかたちなのである。
その頃、私はラーゲリで払い下げの糧秣用の麻布袋を拡げて絵を描いた。およそ何一つ物のない当時、何かを創り出すというのは想像を絶することだったが、この麻布袋は大変私を助けてくれた。近頃再びこの麻布袋を使って仕事をしているが、私はこの布に特別の愛着と、何よりも物質としての存在感や材質を越えた不思議な生命のようなものを感じるのである。
作品は投げ出された自分のすべてである。映し出した自分の全体像と考えているわけで、いわばこれまで歩いた道で私に映ったすべてが透過されて、いうなら私の精神の風景としてありたいのである。
(序文より)