本書に価値がある最大の理由は,類似する書籍が日本に存在しない点である。
■通常のリスク管理の本
定性的な話が続き,後半に数理的な部分が申し訳程度に載っているものがほとんどで,具体的な計算手法を提示しているものは皆無と言っていい
→ 本書では数式だけではなく,計算の手法と応用例についても言及している
■数学(確率統計)の本
金融危機の反省から近年注目されるようになった「双曲型のショックプロセス」を理解するのに必要な一般化双曲型分布(GH分布)に関する記述をしているものはない。それどころか,それを導出するために必要となる逆ガウス分布について記述している本さえほとんどない(私が知る限り,逆ガウス分布については「数理統計ハンドブック」とかいう3万くらいする本に5ページくらい載っている程度)。また,複数のリスクを統合的に扱える高次元確率ベクトルについて言及しているものもほとんどなく,あっても高次元正規分布のみが載っている程度。
→ 本書では第3章で丁寧に解説。特に高次元のGH分布について書いている日本語の本はおそらく本書を除いて存在しない。
■金融工学,制御工学の本
数学の本と同様,GH分布の記述は一部の制御工学の本を除いて存在せず(金融工学の本は基本的に正規分布のみ),高次元の話もほとんどない。また,リスク管理の研究をしている人の間ではよく知られている「コピュラ(接合関数)」について書かれた本があまりに少ない。
→ 本書では第3章でGH分布を実際の株価に当てはめた分析例,さらにはそれに関する論文まで紹介している。コピュラについては第5章で出てくるが,私が知っている限りここでの説明が群を抜いて一番丁寧で一番詳しく,第5章を読むだけでも買う価値はある。
【注意】本書は数理的な制御手法についてのみ記述しており,第1章ではそういった『定量的なアプローチ』のみに頼る危険性が延々と指摘されている。本書ではそれを補完するものとして「リスクマネジメント」という書籍を推薦しているが,何にしても『定性的アプローチ』について書かれた本と1セットという位置づけになっているため,体制管理などの話は一切出てこない。また,この本は金融について書かれているが(第7章までの内容はほかの分野にも応用可能),いわゆる狭義の「金融工学」の本ではない。したがって,ヘッジ云々の話どころか先物の話もほぼないものと考えていい。