本書によれば、国民・民族(ネーション)はイメージとして心の中に描かれる「想像の共同体」だ。それは、同じ共同体に属するが、一度も会ったことがない人々と自分との関係を、血縁関係や主従関係などの具体的な人と人とのつながりの網の目として想像する、前近代の共同体や王国と違い、マスメディアを媒介にして、自分と明確な境界を持つネーション全体とが、無媒介に結びつくものとして想像される。
そして著者は、出版業者がこのネーションを生んだという。標準化された言語による出版物がコミュニケーションの場を提供し、その言葉を使う数十・数百万の限定された人々がそこに所属するという共通認識が生まれる。つまり「日本人」が使う言葉を標準化して日本語を作ったのではなく、出版用に標準化された日本語を使うことによって「日本人」が生まれるというわけだ。
人間の宿命である言語的多様性と、資本主義と印刷技術の結合(出版資本主義)が「想像の共同体」としてのネーションを生み出し、たとえ現実には不平等があるとしても、ネーションは水平的な深い同胞愛をともなう共同体として、人々の心に思い描かれる。そう、この共同体への愛着こそがナショナリズムと呼ばれるものだ。その結果、過去2世紀にわたって、数えきれない人々が、この想像の共同体への同胞愛のために殺しあい、あるいは自ら命を捧げたのだという。
ところで本版には、英米での本書出版以降、20年以上にわたって多くの国々で翻訳・出版されてきた経緯と、その社会的意味について著者自信が考察した、「旅と交通」という新たな章が追加されている。本書がナショナリズム研究における教科書的な位置を占めていることを教えられた。個人的には『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』が本書の解説書としてわかりやすかった。