どうもここで本書を検索してみると複数の版が混在しているようで、自分が手に取ったのは現在流通の版と思われるのでここにレビューを書いておきます。
書名は以前から見たり聴いたりしていて読みたかった著作。著者は政治学・アジア研究を専攻しているようだ。内容はきっと有名なのだろう、国家・国家性というものが自明のようでありながら実はそうではなく、歴史的経緯をもって形成されたこと、その成り行きが他の地域に一貫したまとまり(モジュール)として移植されることもあって拡散し、全世界的に浸透したことで事の成り行きを見えづらくした、という筋で議論は進んでいくが、各地域の俗語を表記した文字言語、それを媒介して拡散浸透させていく新聞や小説、帝国主義下の教育施設や貿易会社や行政組織、あるいは人口調査や地図、博物館でさえも宗主国側・植民地側双方に作用して互いに国民意識を醸成させていくきっかけになっていくという話の進み方もさることながら、ラテンアメリカや東南アジアにおける国民意識醸成の具体例が多くあげられているのが非常に新鮮で興味深かった。ナショナリズムを喚起していく隠微でミクロな力の流れ方の描写は、ミシェル・フーコーの著作を想起するところもある。
本書でも触れているが、国民国家・国家性のメカニズムと親和的だと思われる日本に生まれ育った身からすると、自分の発想の歴史性に気づける面白さというのがあった。ただ、国家は想像の共同体であって歴史的に構築されたものだと言い当てたところで国家という仕組みや働きが実在しているのは事実で、本書は必ずしも身近な生活圏内にあるわけでもない国家や国家性の引力を強く感じてしまうメカニズムの描写という点で、読む人の世界の見え方を変える力のある著書だと思う。うわさに違わぬいい本だった。