安倍政権が支持率70%という圧倒的国民の人気に支えられて政権を船出し、安倍自身も「国を変えていく」という気概を持って政権をスタートしたにも関わらず、10ヶ月後にはその支持率も20%台に落ち込み、あえなく突然の政権放棄。さんざんに叩かれたのはワシらの記憶にまだ新しいんだ。
そのひとつの原因として閣僚の相次ぐ不祥事、そして機能できなかったばかりか、首相自身を支えるスタッフ、世耕や塩崎そして秘書官井上たちの内紛という真相が描かれている。
それよりも、怖いなぁと感じることが大きくひとつ。
それは、今や世論に与える影響は圧倒的にテレビというマスメディアが突出しているということだ。新聞読者数の落ち込みもあろうが、何せ世論と言うものは、テレビの報道から伝わる切り口を「正義の味方」のように真に受け、またそれをテレビが煽るという構造が出来上がっているのだな。
新聞は、いつのまにか社会の木鐸というよりも、社会の話題を暴く「言いだしっぺ」の役割であり、それを国民が喜びそうな「迷惑なお話」だと思えば、テレビが飛びつく。毎日やる。みのもやれば、小倉もやるのだ。
かといって、テレビがいかに情けないメディアかということも知っておかなければならない。自らのフリーハンドで何でもかんでも好きに言えるばかりではないのだ。 スポンサーの圧力、政界の圧力、アメリカの圧力。その中で許されるべき事のみを、許される範囲でしか放送しない。ギリギリまで言うけども、言ってはいけないことは絶対に言わない。そんなゲームなのであるからにして。
うっかりと言ってはいけないことを言ったコメンテーターは、次回から干される。
言ってはいけないことを言いそうなコメンテーターは、絶対に呼ばれない。
その真実を知って、テレビを眺めないといけないのだ。
著者の「ジャーナリズム崩壊」にも書いてあった、ジャニーズ事務所の「ジャニー喜多川氏」のタブーについては有名な話だ。絶対に言ってはならないトップシークレットなのだ。日頃、元気のいい、言いたい放題のゲストも、絶対にこれだけは言わない。言ったが最後、テレビに出られなくなること間違いない。
万が一、少しでも口が滑ったならば、次の日からジャニーズ事務所のタレントは一切出演しなくなり、局の幹部の首が飛ぶ。裁判沙汰ネタも新聞も書けない。テレビ局はすべて新聞社の系列であるからにして。
あまりにも有名な話だが、ついつい忘れてしまっているのだ。