戦国時代の宗教のあり方を再検討した本。いわゆる目から鱗の連続であった。著者自身によるものも含む最新の研究成果を踏まえた上で、その要所を明解に説き、同時期の宗教事情の真実を一望させてくれる非常に痛快な作品である。
戦乱の時代、日本には大名から庶民、インテリ禅僧から真宗門徒にまでゆるやかに共有されている「日本教」が存在した。それは、人間の運命を司る超越的な摂理、すなわち「天道」に対する誠実さを内心に磨きつつ、この摂理の見えない働きでもある神仏を分け隔てなく等しく尊崇していくという信仰形式であった。日本を訪れた宣教師たちはこの「天道」の発想に唯一神デウスへの帰依心と近似した感性を見出し、蓮如は全神仏帰一の思想を阿弥陀仏がすべての神仏の存在を代替するという思想に読み替え、戦国大名は諸宗派の横並び的な共存による世俗道徳の安泰を期待した。庶民の多くもまたオーラルに噛み砕かれた説法の聴聞をとおして、同質の発想を受容していたからこそ、この「天道」をめぐる思考はいわばひとつの「市民宗教」として、近世社会の形成を下支えしたのであった。
かかる観点から見直されるのが、例えば「一向一揆」であり、これは発生していた当時は真宗勢力の政治行動の一種と考えるのが妥当で、真宗の独立的な信仰世界への希求がこれをなした、とするのは江戸時代に創作された神話だという。あるいは、織田信長を苛烈な宗教弾圧者とみなす見解があるが、これも眉唾もので、すべての神仏の帰一と諸宗派のバランスよい共存を理想とした戦国人のひとりであった信長もまた、武力の制圧には積極的でも信仰の抑圧には消極的であったし、宗派間の無駄な争いである宗論を禁じたりと、意外にも穏当な人であったことが示唆される。
こうした状況下、だが日本宗教に対し「異教徒」の烙印を押しその改宗に切り込んできたのが、キリスト教であった。この新宗教はやがて勢力を拡大することによって、世間の目の敵とされるようになった。著名な「島原の乱」では、その先鋭化した信仰に基づいて、寺社の破壊や僧侶の殺害という「異教徒」撲滅の運動を展開したのであって、これは統治者への憤りが武装蜂起につながったという通説などでは説明できない、まさに宗教戦争であった。「一向一揆」との相違が際立つところだ。
「国民」の間でゆるやかに共有される「天道」信仰と、その価値を逆説的に再認識させることにつながった、空気を読まないキリスト教。このダイナミズムのなか、近世の宗教社会が、あるいは著者はそこまでは明言していないが、近代日本の「宗教」の構成が出来上がっていったのではないか。本書が与えてくれる知的刺激は並みではない。