巨頭の青年
フクスケ
の生涯
一大パノラマ
または
地獄
エロい。
グロい。
気持ち悪い。
不謹慎。
何より下品。
下品と聞いて思いつく単語がいくつかあるでしょうが。
断言しましょう。
皆さんが思い浮かぶ単語、全てこの小説に出てきます。
それほど下品なのです。
それこそが、その下品さがこの本で重要な部分なのです。
この本の最初っから出てくることなんですが、
肝は「なかったこと」に対する違和感だと思います。
これの一番分かりやすい例は童話の『裸の王様』です。
私の記憶と実際の話に相違があるかもしれないので、私の中の『裸の王様』のあらすじを一応書くと、
ある国に王様がいて、そこに悪い奴が現れて「今、馬鹿な奴には見えない布で作る服ってのがすげぇ流行ってんすよ、マジで。これこれ、これなんすよ。マジベリークール。」かなんか言って王様も馬鹿に見られたくないから、「おおベリークール、ベリークール。」っなんつってそれを着てっていうか着たつもりで出歩いたら、子どもが「裸である。」って指摘した。
っていう話だと思っています。
思っていてなんですが、この子どもがその後どうなったかや、王様や悪い奴がどうなったかは覚えていません。
まぁこんな感じの話だったと思うんですが、
私は、みんなは王様が裸だってことをきちんと認識してたと思うんです。
家来やその国の大人たちも。
でも一国の主がいい気持ちで得意げに裸で歩いてるもんだから、
その裸だっていう事実を「なかったこと」にしてみんなもベリークールっすって言ってたんだと思います。
この『裸の王様』で作者が何を言いたかったのか、
話自体がうろ覚えなのでわからないですが、
この「なかったこと」に対する違和感を訴えたかったのだとするとすごく鋭い話だと思います。
とかくこの世には「なかったこと」が溢れています。
例えば、
卑近な上に、少し前の話な上に、故人の話で恐縮ですが、飯島愛がAV女優だったってのは完全に「なかったこと」になっていました。
稲垣吾郎がかつて容疑者で稲垣メンバーと呼ばれ、スマップがかなり長い間4人で活動していたことも「なかったこと」になりつつあります。
上に挙げたのはいずれも芸能界という華やかな場でのかなりさしせまった「なかったこと」ですが、
日常生活の中でもこれはそこここに出てきます。
アメトーークで有名ですが、中学いけてなくて高校で一念発起、華々しい転身を図るというのも中学時代を「なかったこと」にするという例でしょう。
そんな大層なことじゃなくても本当に些細なことで日々、色々なことを「なかったこと」にしていっています。
ここで本当に勘違いしないでいただきたいのは、
私は何も、この「なかったこと」を糾弾したいわけではないということです。
そんなカロリーも気概も私にはありません。
むしろ、『裸の王様』の例で言うと、「裸である。」と指摘した子どもが、いたくむかつきます。
もし、そばでそれを目撃したら思いっきり舌打ちします。
はっきり言ってそんなこと言う奴はアホです。
社会生活を営んでいけません。
空気を読む、というか余計なことを言わない、というか何かエキセントリックなことを言う自分というものをセルフプロデュースしないということです。
見苦しい。
王様も飯島愛も稲垣メンバーも高校デビューも素晴らしい。
し・か・し
です。
ここが肝心なんですが、この「なかったこと」を「なかったこと」にするのはさすがに納得できないというところがあるのです。
なんかレトリカルでわかりにくいですが、つまり、王様が裸であること自体を意識しなくなる、ということです。
せめて、そこは、私はこれを意識的に「なかったこと」にしている、してやっている、としたいものです。
王様を裸だと思ってやっていると。
それすらを意識しなくなると、これはもう単なる思考停止なので、大人な対応でも何でもありません。
もうこうなると洗脳です。
これはさすがに情けないと思います。
しかし、巷に溢れる「なかったこと」はそのようなものが大半なのが現状で、それに対する違和感が、
あ、やっとこの本のことですが、
それに対する違和感の発露がこの物語のそこらじゅうに顔を出します。
それはこういった物語自体にも言えて、
物語にはその物語に不必要なものは排除されます。
つまり、「なかったこと」にされます。
しかし、現実世界ではそんなことはなく、
例えば、恋人が生死に関わる一大事で病院へ向かうときに、乗りこんだタクシーの運転手の名前が志村健で、カーステから終始インド歌謡が流れていることもあるわけです。
物語ではこういった、所謂ノイズの部分は省かれます。
邪魔だから。
必要ないから。
目と耳が散るから。
これもこういったノイズを「なかったこと」にしているわけです。
この本ではこのようなノイズも積極的に描かれています。
なので、膨大な文量になっていたりもするのですが、そのノイズの狭間に何か大事なものがあるということは、これあると思います。
疲れてきたので、いきなり結論めいたことを書きますが、
要するに、
前にも書いた、ありあまる下品さや、このノイズや、それを含めた「なかったこと」、
それらを含めて、この世界は素晴らしいって言おうじゃないか。
っていうことを言いたいのだと思います。
読みにくい、長い、同じようなことを何度も言っている、文章も含めた自意識に少なからず辟易する、ラストは物語として終わって欲しかった、
など、不満な点は数多くありますが、
私はこの本が好きです。
それも含めて素晴らしいって言おうじゃないか。