日本国 Ji-pen-kuo の音を聞き取ったのがチパングであり、わが国はこの名でヨーロッパに紹介された。(1300年前後?)
Chipangu
(Cipngu Sypangu Cipingu Zipangu)
ただし、800年ごろのイスラーム文献にわが国を「倭国」の音声に基づいて Waqwaqと記されている。
わが国を産金国としてのイメージを印象付けたのは下記理由によるところが多い。
朝廷から遣唐使、遣唐僧に届けられていた留学滞在費がほとんどすべて砂金であった。
わが国の使臣が奉呈する貢物や商人のもたらす貿易品の中には金銀蒔絵の調度品や倭扇が含まれていた。
本書の中ではわずか数ページの日本国についての記述であるが、東アジアの記述も興味深く感じる。