40歳以降の男性で、その昔に金曜日夜8時にNETテレビ(現テレビ朝日)の前に座っていた人には感涙モノの本である。
プロレスとは、いまでは当たり前の話なのだが、ストーリーと役割がはっきりしているイベントである。その頃はまだまだ高校生の私も熱狂的になっておったが、その点においても猪木という男は天才的でありました。
企画、脚本、演出、主演、監督をすべて一人でやってのけ、それが完璧なファイトとして世の大人・子どもは熱狂と化した。いや、猪木だからこそであり、馬場さんのプロレスにはこの熱さと危機感と悲壮感はありえないのだ。
しかし、その長い猪木の歴史、いや、力道山、馬場から続くプロレスの長い物語の中で、「1976年」のみが、この一年のみが「リアルファイト」(ガチンコ)を行った唯一、稀な年なのだ。なぜ、猪木は「リアルファイト」という殺伐としたリスクの多い行動に出たのだろうか。そこには深いわけがある。
1)対 ウィリアム・ルスカ戦
2)対 モハメッド・アリ戦
3)対 パク・ソンナン戦
4)対 アクラム・ペールワン戦
いずれも1976年に行われている。
正確に言えば、対ウィリアム・ルスカ戦はシナリオのあるファイトであった。戦前には完全秘密の道場で、バックドロップ3連発でKOに至るまでの筋書きを何度も練習したらしい。しかし、実際の試合は、これぞ「異種格闘技!」という画期的なシナリオの始まりだった。
対モハメッド・アリ戦は、「シナリオ付きプロレスをしよう」と誘っておいて、直前に「リアルファイト」だ!と金儲けを楽に出来ると信じて来日したアリにけしかけ、怒ったアリはひと悶着を起こしながらも、最後は飲んだ。
これはテレビやプロレス本に出てくる「伝説」とはまったく事実が異なるのだと著者は書いている。
プロレスの裏側を「暴露」するのがこの本の目的ではない。一人一人の登場人物のその時代の背景がしっかりと書き込まれており、気がつけば、私は感嘆の連続で、途中からページをめくるのも、もどかしいくらいにこの本に没入してしまっていた。
素晴らしい第一級のノンフィクションである。ある意味、猪木の裏側をえぐりだしている。しかし、けっして猪木礼賛の書ではない。
著者はそれでもなお言う、アントニオ猪木はやはり天才である!と。