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7 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
詳細綿密に芭蕉連句を読み解く,
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レビュー対象商品: 完本 風狂始末―芭蕉連句評釈 (ちくま学芸文庫) (文庫)
著者には連句評釈『芭蕉七部集評釈』があるが、さらに詳しく新釈を加えた労作が本書である。「狂句こがらしの巻」(『冬の日』)の歌仙から書き起こし,この連句がどのように展開しているか、付け合いを極めて綿密に、執拗と思われるほど考証追究している。連句というものは、一般の人が読んだだけで容易に分かるものではないが、それをこのように懇切丁寧に解説してくれると、じっくり時間をかけて読んでいけば、その真髄に触れることができる。
5 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「風狂始末」より安東次男が詩を捨てた理由を探る,
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レビュー対象商品: 完本 風狂始末―芭蕉連句評釈 (ちくま学芸文庫) (文庫)
安東次男を代表する詩、“人それを呼んで反歌という”は、彼の詩表現への決別の詩です。その決別の理由を述べているのが、この『風狂始末』なのだと思います。彼はそのフランス語の学習を通じて「言葉とイメージの結びつきや、イメージの重層性」について惹かれるようになっていきました。しかし日本語の現代詩にそれを求めても不可能なことがわかり、芭蕉の歌仙の句の付け方(前後関係)にそれを求めるようになっていったのです。『芭蕉七部集評釈』ではしばしば「前の句に匂い付けをした…」とありますが、『風狂始末』においてはそれは一箇所しかなく、しかも括弧付きです(どこにあるのか、この本を買って探してみましょう)。大岡信との対談(著作集3巻457頁)で、彼は“「梅が香」の巻は、いわゆる匂付としての展開の妙がある。そういう、ことばのもつ意味と心の二重構造みたいなものが、虚実相補ってはこばれている。”と述べています。「匂い付け」を「虚実の取り出しと奪い合い」に置き換え、より厳密な態度で「言葉とイメージの結びつきや、イメージの重層性」をみていこうとしたのが『風狂始末』なのだと思います。以上は私個人の思い(あるいは思い込み)なのですが、『風狂始末』は拾い読みであっても読者を魅了し感嘆させてしまいます。実際に連句が巻かれているときの人間関係についても、精密に考証しているからです。とくにすごいのが「鳶の羽」の巻の冒頭部と「梅が香」の巻のラストで、これは300年以上もされてきた評釈を一蹴しています! これだけでも読み応えがある本です。ハードカバーの『風狂始末』は『芭蕉七部集評釈』よりの抜粋が別冊としてつけられていますが、両者を比較しようとするならば、むしろ『芭蕉七部集評釈』の「花見」の巻か「夏の月」の巻を読んだほうがいいと思います。斜めに構えていうと、ハードカバーを選ぶ意味はないのかもしれません。この小さな文庫本のなかにあるのは、安東次男の博識さ、知性、暴力的なまでの言葉の解体・再生能力、そして詩の感性です。さぁ、それをあなたのポケットにいれましょう。
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