「昭和22年9月完成」と冒頭のタイトル下部に記載されていました。キネマ旬報の昭和22年のベスト・テン第1位作品だそうです。チェーホフの『桜の園』を下敷きにしているそうですが、日本の終戦直後の激動をある種の信憑性をもって描き出すための、凝った設定、脚本(新藤兼人)、演出が感じられます。
安城家は、40万石の殿様から伯爵となり、大黒柱の父はフランスへ絵描き修行へ行った経歴の持ち主で、公家化してしまった元サムライです。同様に没落貴族の憂愁を描いた、太宰治の『斜陽』も同じ昭和22年の7月に新潮に連載が開始されています。価値観が大きく変わったことの象徴として、華族の行く末に注目が集まったのは無理もないことかもしれません。
「時代が新しく転換したのですから...」という成り上がりの台詞が生々しい響きを持って華族をきずつけるのを聞くのは、たとえ戦後60年以上経ったとはいえ辛いものがあります。
原節子さんは確かに美しく演技も見事ですが、没落貴族の子女でありながら、なぜか最初からブルジョワ風の娘に見えます。貴族の風情を色濃く漂わせる兄(森雅之)、旧家の名を最後まで惜しむ姉(逢初夢子)の二人とは全く異なる存在です。これは当時鑑賞された方も同じ印象をきっと持たれたのではないかと思います。製作側や演じる側に、戦後の女性像を強く提示する意図があったのかもしれません。
旗揚げ間もない「民衆芸術劇場(民芸の前身)」からは、父(=殿様)役の滝沢修、森雅之らだけでなく、研究生も出演しているようです。
映画のほとんどの場面が館の中で展開しますが、館のセットは見事なもので、元華族の家とはこういうものだったのか、と妙に納得させられます。一見の価値があると思います。