51年安保について初めて理解した。60年安保ではノンポリ学生の1人として国会に突入した。その時は、安保改定反対により、日本国憲法に則って日本が永世中立国になることを願っていた。途中から岸打倒に変わったけれども。
この本を読んで、50年当時の外務省や吉田首相、およびマッカーサーまでもが、日本国憲法の遵守および国連の重視を考えていたとは気がつかなかった。50年当時は小学校6年生だった。全ては朝鮮戦争の恐怖から、物事が理想と逆の方向に傾いたように思われる。子供心に北朝鮮が元寇の再来のように思ったから。それにしても60年以上経過した現在においても、世界の軍人達が蔓延るのを政治家あるいは人民が抑えられないでいるのは、極めて不思議だと思う。UNESCOが子供たちの教育をするべきだと思う。
ところで本書では、天皇裕仁が護身のために、吉田およびマッカーサー、最終的にはダレスにまで働きかけたそうである。裕仁が見かけによらずしたたかであったという話は聞いたことがあるが、私が昭和の時代に見てきた裕仁氏の印象からは本当かなという気がするのだが。宮内庁の役人の差し金で動いたという話ならば、ありうるかなという気もする。この部分では、著者は明確な証拠資料を示していないので、憶測ではないかという疑いをもたれる。週刊誌の暴露記事に似た趣が出ているので、前半の吉田外交の部分の格調の高さがやや弱められたのではないかと残念な気がする。
終わりに、私は天皇制の崇拝者ではないことを宣言しておく。終戦直後の大人たちは、裕仁氏を”天ちゃん”と呼んでいた。笠木シズ子の東京ブギをもじった天ちゃんブギという替え歌があった。この歌詞によると天ちゃんは苔のむすまでブギの踊りを踊るのであった。