訓練生ピルクスは鏡に映った経験の無さを象徴する自分の姿やそのぽっちゃりした顔に幻滅を感じます。若いピルクスは危機に直面して必死の対応をしていきます。それはユーモラスでもあります。自身の陥った状況を認識するのに一杯一杯で、トラの巻と一夜漬けをもとに行動の選択をとるピルクス訓練生。しかし物語が進んでいき、航宙士としてのキャリアを積み重ねたピルクスの鏡に映った顔には、翳った筋が。その頃にはもうピルクス船長は存在の意味と人生の意義について省察をする人となっています。
経験を積むにつれ、より複雑で予想不能な環境でも己の行動を柔軟に制御することが可能になっていくピルクス船長。それは機器の制御システムやロボットなど各短編のサブキャラクターである人工知能が、いかに経験を知性として蓄積していくかというプロセスを思わせます。結局、両者には大した違いはなさそうにも思えてくるのが不思議です。人工知能とは欠陥を潜在的に持っている機械にすぎないと描写されているにもかかわらず、ピルクスとともに彼らに対して憐憫や共感といった感情を抱いてしまいます。敵であるものとの心の交流といった複雑な意識のありようを考えざるをえなくなる場面もあり、人工知能と人間との接点を強く意識させられます。それは人間どうしにもあてはまり、最終作品では、ピルクス自身のとる行動が持つ、自分自身にとっての意味と他人にとっての意味との衝突に深い考察がなされていきます。
古典的なSF的帰結からサスペンス、ホラー、アクションなどの醍醐味も味わえ、コミカルな場面から法廷シーンまでバリエーションは豊かです。改訳も入ったとのことでかなり読みやすい印象です。思索の迷宮に引きずりこむ力業は自重気味なのですが、人工知能や宇宙を描きながらも、あくまでも人間を基準として世界を認識し、人間の可能性と限界を検証するレムの姿勢が垣間見えてきます。どう読んでも楽しめるのが本書の秀逸なところです。