冷戦時の米ソの月探索競争を背景に、旧ソ連の社会体制・思想への批判及びその体制下、不合理な生を強いられる一般市民の悲哀を荒唐無稽な設定で戯画的に描いた作品。"ベルリンの壁"崩壊以降に発表されているとは言え、良くここまで書けたと思う。
主人公は子供の頃から宇宙飛行士に憧れていたラモン。ラモンは夢叶って選抜されるが、その実態は...。風刺もここまで来ると怖い。本作の主題は、単に旧ソ連批判だけではなく、「現実とは何か」であり、ラモンの夢の中に出て来る熊(!)が呟く「俺もこの世も、ぜんぶだれかの想念にすぎない」であろう。恐らくグロテスクな笑いを狙った箇所でも、読んでいて薄ら寒くなって来る。それでいて、夢の中で引用される詩は美しいのである。
4回程正確に同じ文言で登場する文句、「昼食はひどくまずかった。星形のマカロニの入ったスープに、ライスをつけあわせにしたチキン、そしてコンポート」が印象に残るが、繰り返しギャグなのか深意があるのか分からない。終盤、ピンク・フロイドの話題が出て来て、「オヤッ」と思ったが、確かに「神秘」、「エコーズ」は宇宙空間のイメージに相応しい。それでいて、本作の内容と一番関連していて代表作でもある「The Dark Side of the Moon」には言及しないのである。複雑な小説作法を持っていると言える。
軽い気持ちで読み始めたのだが、一気読みしてしまった。読者を引っ張る力は凄い。高度な技法で、「内なる宇宙」、「現実と想念」の問題を描いて見せた傑作。