今の、この一瞬と未来は、隣りあわせで、メビウスの輪のようにつながっているのかもしれません。
どこがはじまりで、どこが終わりで、というのはあんまり関係なくて、川の流れのように続いていく自分の一瞬一瞬を、
嘘をつかない両手ですくい上げるような気持ちなのかなと思いました。
そこに、かけがえのない存在が「在る」ことの絶対感は、時間も空間も乗り越え、生きること、死ぬこと、いっしょにいたいと思うことは、
同じ重さでずっしりと胸の奥まで伝わってきます。
言葉が言葉以上の意味を持ち得なかったことが嘘のように、ここで語られる言葉は、そこに息づいている思いをすべて伝えてくれました。
歌詞の世界から飛び出したとき、記憶を伝えていく最高のコミュニケーションのひとつが音楽なのだろうと、私は、今ここで、気が付きました。
BUMPは、深化していると思います。おそらく、「ガラスのブルース」を歌っていた頃と、根っこは同じで。
BUMPの音楽は普遍的だと言われますが、それは、BUMPの音楽が核を持っているからだと思います。
ある本に、「アポロ13号」の宇宙飛行士たちが、伝えてくれたのは、「折れない心」であると書いてありました。
どんな状況に遭遇しても、決して諦めない、折れない心。
ある意味ストイックとも思われる自分たちのスタイルで音楽を届けてくれるBUMP。
彼らは、ずっと自分たちが伝えたいことにぶれずに向き合ってきたと思います。
藤原さんが語る詩は、生きている言葉として、聴くものの心の中で息をしてきました。
そして、それは、直井さん、増川さん、升さん、藤原さんの4人でなければきっと、
語り得なかった物語なんだろうと思います。
生きること、死ぬこと、いっしょにいたいと思うことを自分たちの持てるもので表現してきたBUMPは、
ずっと同じことを歌ってきたと思います。たぶん、これからも、同じことを伝えてくれるのでしょう。
それは、退屈なことではなくて、いちばん大切なことを「折れない心」で歌い、星になるまで歌う、
ということなのだと思います。 音楽がもたらしてくれる最高のプレゼントがあるとするならば、
それは、BUMPがBUMPであり続けることかもしれません。
そして、心の中に宇宙を持つBUMPの音楽が、決して鳴り止むことがないよう祈ります。
BUMPは、本当にかけがえのない存在です。ありがとう。