人間の居住する空間(全体、またはその一部)が得体の知れない何かに覆われる、という発想は、古くは小松左京『首都消失』がある(原題の“Quarantine”が『宇宙消失』と邦訳されているあたり、小松作品に対する翻訳者のオマージュだろう)が、類似点はそこまで。量子論――シュレディンガーの例の猫――と、気が遠くなるほど巨大な〈バブル〉の謎を、密室からの脱出というミステリーに挑むナノテクで武装した主人公によって接続するアクロバティックな作品。主人公の佇まいがフィリップ・K・ディック的実存に陥っていったりして一筋縄ではいかない。と、何かと多様なアイデアを詰め込んだ作品ではあるが、どうもすっきりした読後感を得られないのも事実。「拡散」と「収縮」と「観測」の関係が曖昧なのがその理由だろうか。むしろかつて存在した「ゲームブック」(懐!)的手法を突き詰めた方がより面白みが増したのでないだろうか? ともあれとても現実的ではない(と、個人的にはある確信を持って考える)多世界解釈が物語の鍵を握る秀作ではあると思う。