内容(「BOOK」データベースより)
野口聡一さんが宇宙から無事帰還した。コロンビア号の事故以来、初めてのミッションに参加し、3回の船外活動を成功させ、日本人に夢と希望、そして感動を与えてくれた。野口さんは、宇宙で日記をつけていた。リアルタイムで記録したその日記は、率直な心情と生の感動をそのまま伝えている。宇宙飛行記録をこれだけリアルに語られたことは今までに例がない。15日間の全記録は、人間・野口聡一さんの人柄がそのまま表れた、私たちへの素敵なメッセージだ。
内容(「MARC」データベースより)
夢と希望、感動を与えてくれた宇宙飛行士・野口総一さんが、シャトル内で書いた宇宙日記を秘蔵写真とともに初公開。宇宙での体験を素直に語る、人柄そのままの温かなメッセージと、地球の美しく雄大な姿が胸を打つ一冊。
出版社からのコメント
シャトルの打ち上げを見ているとき、クルーは今どんな気持ちなのだろう? といつも考えていました。それをついに知ることができました。
宇宙から帰還し、報告のために帰国した野口さんから、宇宙日記の原稿を見せてもらったとき、背筋がぞくっとしました。キャビンの中は冷静で、淡々としていることを知り、むしろ感動を覚えたからです。
宇宙飛行士というより『気のいい兄貴』といった印象の野口さん。彼の船外活動は見事でした。360度、真空の世界。45分ごとに来る夜明けと日没。宇宙で一人漂って仕事をしながら、彼はこんなことを考えていたのです。写真を担当したこともあり、厳選して掲載しました。一家に1冊、皆で楽しめる本です。
宇宙から帰還し、報告のために帰国した野口さんから、宇宙日記の原稿を見せてもらったとき、背筋がぞくっとしました。キャビンの中は冷静で、淡々としていることを知り、むしろ感動を覚えたからです。
宇宙飛行士というより『気のいい兄貴』といった印象の野口さん。彼の船外活動は見事でした。360度、真空の世界。45分ごとに来る夜明けと日没。宇宙で一人漂って仕事をしながら、彼はこんなことを考えていたのです。写真を担当したこともあり、厳選して掲載しました。一家に1冊、皆で楽しめる本です。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
野口 聡一
1965年、神奈川県横浜市生まれ。1991年、東京大学大学院修士課程修了。同年、石川島播磨重工業(株)に入社。航空事業本部に所属し、ジェットエンジンの設計および性能試験業務を担当。1996年、NASDA(現JAXA)が募集していた宇宙飛行士候補者に選定される。6月にNASDAに入社。8月からNASAが実施する第16期宇宙飛行士養成コースに参加。1998年4月、ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として認定された。同年7月から8月、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センター(GCTC)で基礎訓練コースに参加。その後NASAにおいてMS技量維持向上訓練を継続した。2001年4月、STS‐114のクルーとして選定され、訓練を開始。この後コロンビア号の事故により、長期にわたり打ち上げが延期された。2005年7月26日から8月9日、STS‐114で宇宙飛行。合計20時間を越える3回の船外活動の主担当として活躍した。現在、国際宇宙ステーションの長期滞在クルーとして訓練を受けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1965年、神奈川県横浜市生まれ。1991年、東京大学大学院修士課程修了。同年、石川島播磨重工業(株)に入社。航空事業本部に所属し、ジェットエンジンの設計および性能試験業務を担当。1996年、NASDA(現JAXA)が募集していた宇宙飛行士候補者に選定される。6月にNASDAに入社。8月からNASAが実施する第16期宇宙飛行士養成コースに参加。1998年4月、ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として認定された。同年7月から8月、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センター(GCTC)で基礎訓練コースに参加。その後NASAにおいてMS技量維持向上訓練を継続した。2001年4月、STS‐114のクルーとして選定され、訓練を開始。この後コロンビア号の事故により、長期にわたり打ち上げが延期された。2005年7月26日から8月9日、STS‐114で宇宙飛行。合計20時間を越える3回の船外活動の主担当として活躍した。現在、国際宇宙ステーションの長期滞在クルーとして訓練を受けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)