明石散人のカゲである、鳥玄坊先生が誇る博識と洞察に対して、読み進む読者は大いに敬意を払いたくなるほど、古文書の引用は目を見張りたくなるほどだ。それは山のような情報を集める作業から始まり、文献を徹底的に読みぬく著者のダイナミックな姿勢が、一ページごとにひしひしと伝わってくるからだ。だが、結論がカシオペア座のWの地上投影だというのは、大衆を相手にしたエンターテーメントにしても、いささか落胆させられる推理だったというように思った。竜安寺の石庭を論じるためには、もっと本格的な学問との対決が必要だと考えるからである。それは博識を誇る明石散人ともあろう人が、世界に誇る秘伝書として知る人ぞ知る本として、藤井尚治・藤原肇の両博士が共著で出した「間脳幻想」(東興書院)を読んでおらず、そこに「竜安寺の石庭と黄金分割」があるのを知らないらしいからだ。しかも、同じ図が藤原博士の「経世済民の新時代」(東明社)の中に引用されているのに、資料集めに定評のある天下の明石散人先生が、それを見落としているのは不思議である。カシオペア論は一つの仮説として面白いとは思うが、黄金比理論に較べると遥かに幼稚であり、完全主義者の明石先生の文献調査での手抜きが惜しいと思った。だが、応仁の乱をめぐる時代を知るという意味では、本書は楽しく読める本であるというのは確かである。