著者の福島真人は科学社会学や社会人類学を専門として
いる。本書はこれまで発表した論文の修正を行なってまと
めたものである。第1部が理論編、第2部が事例編のような
内容になっており、2つをつなぐ第4章が書き下ろしとなって
いる。
学習をめぐる議論としては、教授的学習観(教授−学習者)
に対して学習のホリスティックな特性を指摘した状況的学
習論というものがある。そこでは、学習を共同体への参加
と不可分な過程であると位置づけ、学習を制約、限定ある
いは方向づけする社会的文脈を考慮して包括的にとらえる
必要性を論じている。
実践の共同体(Communities of Practice)は学習を題材と
する諸々の研究分野に取り入れられ、研究事例を分析する
概念として使われている。本書で福島は状況的学習論への
批判を通して、学習理論の検討を行なっている。状況的学
習論に対してはいろいろと批判がなされているが、「実践
の共同体」や「正統的周辺参加」が既存の集団組織に当て
はめられ、単なる段階的熟練説の形を変えた言及としてしか
使われていない研究もあり、理論的な検討が不十分であった
と思う。それに比べ、不確実性や<定常状況−問題状況>の
対比から規範理論としての側面を指摘した福島の議論は必読
に値すると思われる。
書き下ろしの4章部分で詳しく述べられているが、福島は状況
的学習論の徒弟制モデルに対して実験的領域というアイデア
で学習をとらえなおそうとする。つまり、安定したルーチン
と問題状況における内省的な学習は、試行錯誤の程度の問題
であり、問わなくてはならないのはそうした試行錯誤のプロ
セスなのである。そのように考えることで、学習者を社会的
文脈(組織構造や制度の問題)に位置付けようとする。なぜ
なら、試行錯誤が学習の基本的なリソースを提供するもので
あるとするならば、試行錯誤を許容する体制・態勢から学習
は規定されることになるからである。
第2部は病院や高信頼性組織(原子力空母、原子力発電所な
ど)の事例が扱われており、興味深かった。ただし、実験的
領域の様態を研究するという目的であったにもかかわらず、
その切り口が若干ぼやけてしまった感がある。問題状況とい
うのが未熟ゆえの問題状況(個人の状況)と誰にとっても確
信ある判断が下せない問題状況(技術の不確定性、判断不可
能性)とが混在していたからではなかろうかと思う。