学級崩壊をストップするのは容易ではない。教師にこれ以上の負担を求めるのは難しいものがある。しかし、教師の第一の職務は教育、つまり子どもたちを育てることである。そのために必要な方法やスキルを学ぶのは、職務上当然のことである。子どもたちを「やる気別」に分けるという考えもあるが、第一にそのやる気をどのように測るのか。上位と下位の格差が広がるのは明白である。「やる気なし」のクラスが自主的にやる気を起こす機械を作れるというのも楽観的過ぎて現実的ではない。自分の行動の責任を自分で負うべきというのはその通りと思うが、それを教えていくのが初等教育であり、大人の社会のようにはいかない。学校教育には塾にはない特性がある。学力だけを伸ばすのであれば学校教育は塾に及ばないかもしれない。しかし、対人関係を学ぶ機会は、地域の教育力が低下している今、学校教育でしか実現できないのではないか。「親の責任」として切るのは簡単だが、家庭と共に子どもを育てるという意識を失ってはならない。教育の中心はいつでも子どもでなければならない。