「学歴」は多くの人にとって微妙な問題であり、「今は学歴ではなく実力の時代ですよね」といった無難な言説がまかり通っている。だが本当にそうか? 計量社会学者である著者は、大学卒と非大学卒が人口を等分しつつある日本社会において、この両者の「分断線」を丁寧に分析する。「実力の時代」とは言っても、大卒と高卒は当初から賃金水準が異なり、大卒は働く期間が4年短くても生涯賃金は1.2〜1.5倍も多い。学歴は社会「公認の格差発生装置」なのである。一流大学間の優劣の品定めや、幼児の「お受験熱」などの表層問題ではなく、大卒と非大卒が人口の半々で均衡し、それが固定化する社会、これが現代日本の新しい問題を引き起こしている。高度成長期のしばらく後までは、進学率の上昇によって、子供の学歴が親を上回る「学歴上昇メリット」が多くの家庭にあった。それが「一億総中流社会」の明るさだった。だが今は、大卒の両親が増え、その子供のうち3人に2人は大学に進学するが、1人は進学しない。子が20代の統計では、親が大卒・子が非大卒という「学歴下降家族」がすでに13%に達している。親が非大卒・子も非大卒は38%、親が大卒・子も大卒は26%、親は非大卒・子が大卒は23%。この、13+38対26+23という半々の均衡が、社会における格差の発生に大きく関わり、またモンスターペアレントなどの学校問題を引き起こしている。というのも、親子の学歴再生産構造によって、親が初等教育に求めるものが、進学塾的なものか託児所的なものかに分裂し、小中学校は対立する親の要求に引き裂かれるからである。「豊かさ」「格差」「不平等」といった概念を相互に区別し、厳密に定義する著者の冷静さも光っている。