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学問の力  NTT出版ライブラリーレゾナント023
 
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学問の力 NTT出版ライブラリーレゾナント023 [単行本(ソフトカバー)]

佐伯 啓思
5つ星のうち 3.8  レビューをすべて見る (6件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

▼著者は、前著『倫理としてのナショナリズム』(弊社刊)のなかで「市場・国家・自由・倫理といった枢要なテーマに対して、現代の思想は無力であると」指摘していました。▼なぜこのようなことになったのでしょう? 本書で著者は、その理由を「学問」に求め、現代の学問は「故郷を失っ」ていると指摘。「知の芸能化」「専門主義化」を経て、如何にしてこのような閉塞状況に陥ったかを考察しています。▼教養とは何か? 知るとはそもそもどういうことなのか? 『世界標準』な学問など本来的にはありえない。学問には、帰郷すべき場所が必要だ…。▼佐伯啓思が自身の体験をもとに語ったはじめての学問論です。

内容(「BOOK」データベースより)

「故郷をもった知識」を取り戻せ!センス・美意識・感受性―現代人が失った教養の原点を体験論を通して考察。

登録情報

  • 単行本(ソフトカバー): 284ページ
  • 出版社: NTT出版 (2006/4/13)
  • ISBN-10: 4757141351
  • ISBN-13: 978-4757141353
  • 発売日: 2006/4/13
  • 商品の寸法: 18.8 x 12.8 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.8  レビューをすべて見る (6件のカスタマーレビュー)
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18 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
保守、入門 2007/3/1
形式:単行本(ソフトカバー)
いぜんから、佐伯氏の名前は知っていた。

実際に手にとって読んだのは、この著作がはじめてであった。

学問論としてももちろん読めるのだが、むしろ、

「保守思想入門」のテキストとして読める。

私事で恐縮だが、これまで、左翼的・進歩的・リベラル的な

著作ばかり読んできた。保守を毛嫌いしていたわけではないが、

「がんこ親父の思想」と距離をとっていた。

本書で展開される「保守思想」は、いい意味で期待を裏切って

くれた。佐伯氏のそれは、「芯のある紳士の思想」であった。

しかし、この本だけではまったく不十分だ。

あくまでも「入門」である。「佐伯保守入門」である。

この本は、さまざまな著作(学問!)へとつなぐ、

ひとつの窓口になってくれることだろう。
このレビューは参考になりましたか?
4 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本(ソフトカバー)
 
 たまたま、本書の題名「学問の力」が眼に留まり、また、目次を見た処、小林秀雄の文字を二箇所に見付けたが故、読んでみた。

 本著者佐伯氏は、学者を「高等遊民」とした上、学問界の現状について、「市場経済原理がいっきに入り込み、学問はサーヴィス産業への姿を変え、高等遊民は知識サーヴィスの小売業者へと姿を変えられつつあります(p7)」と述べる。本書は、その様な現状に対し、「多少の緊張感と、自分のやっていることについての自覚的な問いかけがなければならない(p6)」、とする佐伯氏の意識による産物の様である。
 しかし他方、氏は、本書について、「多少の議論の単純化や乱暴さと引きかえに、できるだけわかりやすく平易なものにしようとしました(p283)」、とも述べるのである。これでは、佐伯氏も、実は既に「知識サーヴィスの小売業者」の仲間入りをしていたも同然ではないか?との疑問を持たざるを得まい。

 本書の特徴、第一印象と言えば、古今東西の学者・文人の固有名詞が、多々頻出し、また、それらの人物の言説が手際よく纏められている、この一事である。この事からも「知識サーヴィスの小売業者」との言葉が自ずと連想されもする。
 ところで、佐伯氏は、本書で、「私は、ともかく何でもよく知っているよりも、大事なことをほんのいくつか知っているというほうが性に合いますし、また、該博な知識をもって人生論を講ずるよりも、知識をもたずに手探りで人生に煩悶するほうがこれも性に合っている(p53〜54)」、「何でも情報としてインプットされてその容量がやたら大きい人や、物事の要点をさっと整理できる、人のいっていることがすばやく理解できる人・・・私などうらやましくなりますが、でもそれは、・・・「脳の運動神経がよい」だけのことです(p129)」等とも述べてはいる。
 しかしながら、この様な佐伯氏の告白に反し、本書を一読する殆どの人が、氏について、「何でもよく知っている」「脳の運動神経がよい」人物像を想像するのではあるまいか?と言うより、私は、この様な告白をする人物が、何故、本書の如く顕学的な書を、わざわざ著すのか、と率直に疑問に思う。告白者における率直な肉声を感じられないのである。

 さて、ここで、私の関心事、小林に関する佐伯氏の記述について私見を述べる(尚、本書で確認できる様に、氏は、学生に小林の講演テープを聞かせる程だし、本書でも小林への言及は相対的に多く、小林に関し一定以上の興味を抱いているのではないかと思われる)。
 氏は、小林について、「思想というものは結局、ある意味で人を説得する技術に大きく依存しているのですね。人にたいして自分と同じ仕方でものを考えるように仕向けることが、思想的に影響を与えたということなのです。小林はまさにその意味での天才でした(p133)」、「批評は・・・いかに、その観念に観念としての力を与え、伝達力を高めるか、という点こそが大きなポイントとなってくる(p135)」等と述べる。佐伯氏は、小林に「説得する技術」や「伝達力」を第一義に見ている様である。
 
 しかし、どうであろうか?このような見方をしている限り、小林の文章の姿の所以、その姿における根本の大事、小林流の批評とは何か、と言った事が観えて来ないのではないか、と私は思う。
 小林は、プラトンの「パイドロス」に言及し、「本居宣長補記」で次の様に記した。「・・・上手に人を説得するのと物事を正しく考えるのとは、ひどく違った事だ。ソクラテスは、説得と思惟とを、根本的に異った心の働きとするまで、考えを進める・・・この「対話」で、ソクラテスは、決して相手を説得しようとはしていないし、第一、相手の思わくなど眼中にはない・・・どんな主張主義にも捕われず、ひたすら正しく考えようとしているこの人間には、他人の思わくなど気にしている科白は一つもないのだ。彼の表現は、驚くほどの率直と無私とに貫かれ、其処に躍動する一種のリズムが生れ、・・・・・・」
 佐伯氏は説得の論点から小林の文体の技術を見ようとするのだが、小林本人は、文体の生命が「ひたすら正しく考えようとする驚くほどの率直と無私」に宿る、と観るのである。佐伯氏には、小林の「眼」は無いのか?

 佐伯氏は、「学問は、本当は、「教わる」ものではなく、「学ぶ」ものなのです。もっといえば、「学び」かつ「問う」ものです(p274)」と述べる。その通りであろう。しかし、佐伯氏は、小林の文章の姿に、何を学び何を問うたのか?「説得の技術」は受動的に技術として他人から教えて貰えるだろう。しかし、「ひたすら正しく考えようとする驚くほどの率直と無私」は、能動的に、各人各様、己れに問いつつ、考え、学ぶ他は無い。

 最後に、本書の佐伯氏の結論だが、「「故郷を失った学問」こそが今日の学問の姿であり、そこに学問の問題がある(p8)」、「日本の学問というのは、日本人が自分のなかに日本人の宗教観や歴史観、美意識があることを見出して、それを「知」というものの拠点にすることから始めるほかはない(p281)」との事であり、具体的には「日本のもっている宗教観、歴史観に支えられた知識を、われわれが、それぞれの学問領域でいかに受肉化するか・・・それらを西洋的なタームといかにすり合わせていくか・・・つまり、日本的なものと西洋的なものとの総合化なのです(p279)」との事らしい。
 
 しかし、そもそも、この様な見解を抱く佐伯氏の文体それ自体に対し、私は、何故、無色透明な無国籍風な物しか感じられぬのだろうか?例えば本書で「もののあはれ」について書かれた箇所(p220)など、まるで自身が興味の無い輸入文化品に対する如き淡白な言及の仕方である。それに、氏の解説は余りに出鱈目である、と私は断ずる者でもある。ともかく、「もののあはれ」は無心や諦観に通じる、等と数行で述べてしまう氏の語り口に、私は、氏の日本文化に対する愛着を全く感じられない。
 
 この様な事を漠然と思案していた処、私は、本書の「故郷を失った学問」とは、小林の「故郷を失った文学」の捩りではないか、と勝手に考え始めていたのであった。
 因みに、小林の「故郷を失った文学」では、「私達が故郷を失った文学を抱いた、青春を失った青年達である事に間違いはないが、又私達はこういう代償を払って、今日やっと西洋文学の伝統的性格を歪曲する事なく理解しはじめたのだ。・・・こういう時に、徒らに日本精神だとか東洋精神だとか言ってみても始りはしない。何処を眺めてもそんなものは見附かりはしないであろう、又見附かる様なものならばはじめから捜す価値もないものだろう。・・・・・・」と記す。
 佐伯氏の結論とは、一見、まるで逆の様だが、では、小林は、何を記そうとしたのか?その事については、読者諸賢、各人で読んで欲しいと思う。「故郷を失った文学」は、1933年、小林31歳の時、若書きの作ではある。本書は、出版時2006年、佐伯氏50歳代やや後半の作か。双方を読み比べてみるのも良いだろう。

 私は、本書結論における具体的提案、「日本的なものと西洋的なものとの総合化」なぞ生身の人間には出来ない芸当だ、と考える。この様な空想的な問題設定による学問は、ますます肉声を紛失して行くのみではないか?と、私は本書を読んで本書に問うたのである。
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4 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本(ソフトカバー)
イギリスの思想やアメリカ論にも精通している佐伯氏の初の学問論です。
いままでの著作では、論理的且つ詳細に思想を組み立てていましたが
本書では平易に自らの体験を語っています。
彼の書物を読んだことがある人にとっても、大學の新入生にとっても
おすすめです。
多くの知識人がタブーとして忘れ去ろうとし、あるいはつくりかえようとして
いる60年代を真摯な目で追っています。
ポストモダンについてもきちんと論及してあり日本の思想史を知るのにも
役立つ書物です。
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