一般的に、算数、理科、体育での『学び合い』は簡単だと言われている。西川氏に言わせると、「それらの教科は、目標の設定が単純に出来るから」。
一方、国語、社会はイメージしずらい。国語や社会は、なかなか子どもたちに目標を明確に示すことができない教科だからである。
そのような経緯から、国語の『学び合い』の本が出版された(らしい)。
子どもたちが「やるべき事が分かって、やる気になって、最高の学ぶ手段を得たとき」に『学び』が成立する。
・やるべき事→「何をすべきか」という目標を授業の「最初」に語る。
・やる気→「みんなのため」という目標を設定する。教師の目を逃れることはできても、クラスメートの目を逃れることはできない。
・最高の学ぶ手段→それは教師が与えた教材ではなく、「仲間」。
今までの国語授業はどうだったであろうか。
ある文章に対して、教師の思考パターンをもとにした理解の手順を子どもたちに押しつけるというものではなかったであろうか(私はそうだった)。
そのような授業をしていると、国語の授業は「教師が着目している文章のポイントを当てるゲーム」になってしまい、子どもたちは自由な発想ができない。
「子どもたちが目標に向かいながら、最高の学ぶ手段で学んでいる時間」にしなくてはいけないのだ。
いきなり『学び合い』の授業を試みて「成功」することはまずない。
教師が子どもたちの力を信じ、トライ&エラーを繰り返すしかない。
そうすれば、きっと『学び合い』の素晴らしさ、凄さを感じるときがくるであろう。
多くの方々から本書を読んでもらい、多くの子どもたちが救われることを願っている。