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書き手は父親の死を契機に、死と自分が書くことを結びつけて考えていく。父親の記憶と、今は父親になっている自分、そして自分の子供。この書物を書くことによって、作者自身が父親の死を体験することになるのだが、そうすることによって父親は新たに生きはじめることになる。喪の作業の見事な記録となっている。
第二部の「記憶の書」がこの本の中心となる。なぜ記憶と書くことなのだろうか。書くことにおいてこそ、わたしたちの無限の記憶がかかわってくるからだ。過去はその全体がこの現在と共存している。その潜在的に共存している過去と特権的にかかわる仕方が書くことに他ならない。そしてそれは間違いなく、いくつもの生を同時に生きることになるだろう。文学的評論としてももっと読まれるべき作品。
オースターの著作は時折センチメンタルに流されすぎていると批判されますが、この処女小説は、その郷愁にまるごとどっぷりと浸ることでしか描けない、まったく稀有な作品だと僕は思います。
確かに作品は中途半端な印象が拭い難いです。引用も多く、散文詩的な形式のためか、常軌の小説や物語とは作風が異なり、いささか読みにくい。でも、この剥き出しの感情の整理のされなさこそが、この初々しい小説の魅力だと思います。
自分が父親の息子であるという自覚と、自分が息子の父親であるという自覚。この乖離が、時を経て円環のように死と現実の間で接続されたとき、彼らは本当の親子となり、真の「孤独」が発明され、作家ポール・オースターは誕生した。
感動的な作品とは、まったく不意打ちに、手垢に塗れた知識や、見慣れた美しさとは違ったところから、突如現れてくるものです。
僕にとってはとても大切な作品で、何度も読んでます。
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