不思議なマンガである。1話8ページ程度の読みきり形式。
主人公である中年男が行く先々で食事をする。筋らしい筋は
ない。グルメ漫画のような、食べ物に対するもっともらしい
説明もない。有名な店にも行かない。また、行列に並ぶよう
なことはしない。街のどこにでもある食堂のありふれた料理
を食べる。豚肉炒めライス、シュウマイ、ハンバーグ・ラン
チ等々。
文字にするとなんともそっけないものだが、何度も読み返
したい気持ちに駆られる。なぜだろうか。
その秘密はタイトルに隠されている気がする。「孤独のグ
ルメ」の響きに寂しげな印象を受けるが、全然そんなことは
ない。むしろ、都会人が享受できる「癒し」なのである。
都会が田舎に比べて長じている点は匿名性と選択の幅である。
自分の存在を消せる町があり、たくさんの食堂がある。
テイクアウトして公園で食べてもいい。自分自身で食事空間
を簡単にコーディネートできる自由を持っているのだ。
お仕着せのない、時間と空間を大切にした食事。それを
夢中で掻きこむところがとても美味そうなのだ。谷口ジロー
の確かな画力がなせる技であるのはいうまでもない。
闇雲に行列に並ぶ人達は本当にグルメなのだろうか。
そもそも、食事とは単に食べるだけの行為ではないように思
う。空間や時間もとても大切な要素である。そして、誰にも
邪魔されない、つかの間の孤独。せわしなく、ほっとかれな
い都会人にとっての貴重なひとときである。
この作品は平成6年から8年にかけてPANJAという雑誌に
連載された。2000年文庫となり、ひっそりと版を重ねている。