東北学の提唱など、地域差に敏感な1953年生まれの日本思想史・民俗学研究者が、1994年に刊行した本。家事労働の一種としての子どもによる子守りは中世末に見られるが、年季奉公としての子守り(守り子)の発生は商品経済の発展した18世紀後半頃と考えられる。女工の前史とも見なし得る守り子たちは、群れの文芸としての七七七五調の守り子唄に、融通無碍に自身の心情と眼前の情景を詠み込んだ。著者は特に1950年代に全国的に知られるようになった、暗く具象性に乏しい熊本県の山地五木地方(後に川辺川ダムにより水没)の守り子唄に注目し、それらを他の地方の守り子唄(地域的な偏在については、156〜157頁)とも比較しながら、旋律よりも歌詞に注目する形で、彼女たちの生活世界の側から読み解こうとする。著者によれば、五木の守り子唄は決して五木根生いの唄ではなく、流れ者・よそ者の唄であり、したがって五木の旦那・名子制に収斂させる解釈は適切ではなく、その伝播にはとりわけ明治期の渡り山師たち(紀州・豊後など出身地ごとに得意分野あり)の移動による異文化接触を想定する必要があるという。また宇目の唄喧嘩が群れの文芸として緩やかな定形と様式美を形成したのに対し、五木の守り子唄は守り子たちの孤立の深みに降り立つことで、流れ者の唄としての性格の極北にまで到達したと著者は見る。史料的制約ゆえに、状況証拠による推測に頼らざるを得ない面が大きいことが、本書の歯切れの悪さの背景にあるが、一応説得的な推理によって失われた民衆世界(しかも定住民ではなく移動する民の世界)の一面を再構成している点は、非常に有益である。