著者であるブルーナー夫妻の経験を中心に綴られた書なのであるが、個人的な経験が中心のためか以下2点について大きな問題があると感じる。
第1に、著者の個人的な好き嫌いと、科学的な問題がごちゃ混ぜになっている点。
本書では、至るところに著者の個人的な好き嫌いでゲームを批判する文章が散見される。例えば、ゲームよりスポーツや音楽など「健康的な」趣味がよい、ゲームを楽しいという「むなしい」人生、ゲームなど「人生の無駄」などなど…。これらは明らかに、著者の価値観でしかない(仮に、時間の無駄としても、「あれは無駄だった」と経験するのも価値があるのではなかろうか?)
第2に、これは当事者だから、と言うのもあるのかも知れないが、「諸悪の根源はゲーム」と言う思いが先行しすぎている点。
ゲームに依存性があるとして、そこへ依存するきっかけなどを無視できないはずである。本書でも著者の子供の状況が悪化したのは、著者の親が病に倒れて、そちらにかかりきりになったときだという。インタビューなどでもイジメにあった、とか、学校で孤立した、など不安定な状況がある。これらの状態を無視して「諸悪の根源はゲーム」とだけするのは危険ではなかろうか? これらの要因を無視して「ゲームを排除すれば良い」と言う著者の解決策を実行しても、追い詰められての暴発や別のものへの依存を促すだけではなかろうか?(著者の家で問題が解決したのは、著者が危機感を持ち、子供に関心を持って接した、と見ることも出来る)
科学的データなどにしても、「こんなに悪い」と言うのだけを出し、肯定するものは「ゲーム会社の陰謀」と切り捨てるなど、色々と問題の多い書き方と感じる。