この本は、哲学は自己の内奥から始めるもので、哲学した人の残した思想を理解することから始めるものではないという考えに基づいて書かれています。だから、哲学には興味があるけど、哲学者の本には何が書いてあるのかサッパリ分からない普通の人にとっては、広大な哲学世界への入り口を見つける契機となるかもしれません。但し、この本の具体的テーマである二つの問い、存在論と道徳論は、著者が考えたことだけだと思うことがむしろこの本の趣旨に沿った読み方だと思います。
著者は自身の経験の反省から、哲学を、子供の哲学、青年の哲学、老人の哲学、に区分することで、子供の哲学には、存在論をはじめとして認識論や意味論など、哲学の土台となる視点が含まれているから、その気持ちを持つ限り何時でも哲学の世界に入ることができるが、逆にそれを忘れてしまうと哲学者にはなれるかもしれないが、哲学する人ではなくなると述べているのだと思いました。
哲学は、利己的なものであり、救いであり、快楽であり、またその問いは、みんなに理解される公共的なものではあり得ないと述べられていますが、同時に、やはり哲学の真骨頂として、みんなに理解してもらえる議論として(そのことはそれが自分に理解できる条件でもあるのだが)整える努力は必要だ、と述べられています。それをどうやってやるかは、「こどもの哲学」を忘れずに自分で考えるしかないのでしょう。