子どもの貧困論それ自体は、経済的に厳しい子どもたちの問題を顕在化させ、市民団体や当事者団体による子どもへの支援策を展開させやすくしたということで、非常に意味のある問題提起であったように思う。
しかし、貧困論で語られている経済的貧困→孤立の構図は果たして適当であろうか。
例えば社会的ステータスの高い家庭の子どもたち、例えば医者や教師の子ども、の不登校問題は、現場にいるものであれば常に実感していることだし、不登校の子どもたちの生きづらさをどのように解消していけば良いか常に私たちは考えなければならないことだと思っている。この子どもたちは孤立の課題を抱えている。
また、子どもたちの自己肯定感を見ても、家庭の経済状況だけで説明することができないという研究結果を見ることもできる。
貧困論だけで子どもの問題を見ようとすれば、やはり光が当たらない子どもたちも存在する。
であるなら、経済的な問題の有無に関わらず、子ども自身にしっかりと寄り添うことができる大人の役割を議論することの方が
より多くの生きづらさを抱える子どもたちを支えることができるのではないだろうか。