ボブ・ディランというアメリカのシンガーがいます。かれは若いときに、スタインベックをして「偉大な民衆詩人」と言わしめたウディ・ガスリーという一人のフォーク歌手に大きな影響を受けるのですが、そのときの出会いを後に次のように表現しました。「かれ(ウディ・ガスリー)はニンゲンという一冊の本を持ってきて、これを読めと言った」と。当初、小児医療、脳神経外科といった興味から読み始めた私が、本書を読み終え最後のページを閉じながら、いま感じているのはそれと似たような感慨です。まさに本書は「ニンゲン」について書かれた大きな一冊です。紹介したいエピソードはいくらでもあります。そのどれもが平易な、等身大の言葉で語られながらも、生と死のはざまにあって、または困難な病気を抱え、ときに大きな手術を目前にして、幼い子どもの死を間近にして、苦悩し、身もだえし、格闘し、乗り越えていった母親や父親、家族、そして子どもたち自身の、重たい記録です。それらに30年間寄り添い、医師として治療に尽力してきた、自らも二児の母親であり妻である著者が考えてきたこと。それが幼児虐待であったり、家族の形や子育てであったり、死や最新の医療現場、出生前診断や遺伝病、障害者や差別のことであり、また医師の労働環境の改善であったりして、さながら深い思いに染め抜かれたさまざまな模様のようなそれらをまとった一枚の大きな藍染布が本書であり、そこには「ニンゲン」がくるまっています。その顔はときに、理不尽な虐待を受けて無念に死んでいった子どもの顔であったり、短い生を懸命に輝かせて死んでいった子どもの顔であったり、または「次の子も同じ病気でも大丈夫。だって大ちゃんはこんなにかわいいもん」と健気に言ってみせる母親であったりして、本書を読む者はその一人一人の顔を通して結局、著者が最終章に記している「違いや多様性を、切り捨てない社会、見捨てない社会」について、きっと思いをはせるのでしょう。