何の気なしにペラペラと眺めていたのですが、なんだかズキュンと心に響く感じはなんだろうと思いながら読み進めていくと、
『子ども』と書いてあるところを、
『部下』に置き換えて読むと、
ものすごくしっくりくるんです。
例えば、
子どもにいろいろ教えることは可能ですが、「考えること」を教えることはできません。「考える」というのは、実際に考えることを繰り返すことで身につく習慣です。それは子ども自身が自分の意思を使うことです。「お前も少しは自分で考えろよ」と言っても、考えて自分の問題を解決する習慣を身につけてこなかった子どもには無理な注文です。
なんてくだりは、子どもを部下に当てはまるとドキッとするほど、当てはまったりします。かなり新鮮な驚きです・・ひさびさにモヤモヤしていたものが、イメージとして降りてくる瞬間を味わいました。これこれ!!求めていたのはと。
あと、子どもを親の自己表現の手段として使ってはいけないと繰り返し、本書の中で説いているところに、社会の縮図をみるようでドキッともします。自分の出世のために部下を使うなと言われているようで・・
利益追求をする法人という中で偶然に出会うことになった人達を同僚と呼んだりするわけですが、その場を離れても付き合いたい人、そうでない人をわける大きな要素にもなっているような気がします。
一番最後の章で、子どもをいくつかのタイプに分けてコーチングのスタイルをする『エニアグラム』があるのですが、これもまた、部下のタイプを的確に表しているようで、ドキッとします。
なんだか伝えたい事がよく最近伝わらないんだよな、若者にと嘆く前に、自分の接し方を反省してみましょう!!っていう気にさせられます。