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このたび文庫化された遺作集によって、この一等兵の低い視線を保ち続けた、しかし誇り高い、優れた作家に再会できたのは幸運であった。
『妻の部屋』『遺書』などは亡妻の(自己憐憫の甘さを一切排した)思い出を綴ったもので集中の白眉だが、そこにも過酷な戦争体験が木霊している。たしかに、
「それにしても戦争というやつは、見境なく人を殺すだけではない。生者にも、何かを選ばせ束縛する。」
戦争長編三部作の取材録でもある『私のフーコン旅行記』の一節。
「国のためだと言われ、(・・・・・・)死んでいった人たちを弔うのは当然である。だが、どのみち死者には声は届かないけど、私は言いたい。あの戦争は、国を護るためではなく、大馬鹿者の軍人官僚たちが自分たちの出世と権力を護り、隣国を収奪しようとしたものなのだ。」
(こうした文章が『諸君!』という媒体に掲載されたことは存外に重要なことで、こんなところにも作者の不羈の精神をうかがうことはできるだろう。)
戦前期日本は「大馬鹿者の軍事官僚たち」をのさばらせる一方では、このような一人のアウトサイダーを生み、戦争によって徹底的に痛めつけられながらもその自由な精神は、声低く語ることを最後までやめなかった。
後続の世代の一員として、畏敬の念を持って本書を読んだ。
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