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小説の主人公達が「妊娠」に直面したときの態度はみごとにステレオタイプで笑えます。産むか。中絶するか。タバコをくわえて「ワタシ産むわ」と言ってみるとか。それらの大騒ぎの裏には現在の日本の貧しい性教育だとか作者の側の凝り固まった性への価値観だとかがほの見えます。そしてそれを読んできた読者にそれらが伝染していることもわかります。この本を読めば普段当たり前に思っていたことに対する見方がぐるっと変わると思います。とっても楽しい経験でした。
かなりのデフォルメをすれば,「なぜ望まない妊娠で悩む前にアレをつけない?」というまっとうな考えの下,森鴎外を「父」,島崎藤村を「母」と定義し,現代の小説までをばさりと切りつけていきます。ある時代において,どのように,男性/女性は望まない妊娠を捉え,その後どのような行動をとるのか。それは,どうしてか。あの村上春樹も例外ではありません。
この本,および著者を「フェミニズム」で片付けるのは,やや単純ではないかなと思います(ちなみに,私は男性です)。著者は,別の本で上野千鶴子のセンスのなさ(確かにそうだ)を論じ,また「対男性作家」というにはより幅の広い視点で,さまざまな本を書いています。本書では,女性の採る態度もクールに分別しています。
「彼女が『文芸評論家』を名乗ることには,相当の覚悟があっただろう」と,別の評論家は言っていました。現在の文芸を考えるとき,彼女はいま<主流における異端>ではなく,むしろ<傍流とされる正統>の場において評論活動をしていると私は捉えます。「私は『血中文学濃度』が低いから」(斎藤美奈子),この言葉の裏にある姿勢は明らかです。
彼女の他の著書を読むことで,フェミ論から離れて読みたい方へ。特に私は『脱文学と超文学』(「21世紀文学の創造」4,斎藤美奈子編,岩波書店,2002年)が,編集ながら好きですね,お薦めできます。でも,「イワナミだからやっぱり……」との声も響いてきそう。
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