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如己堂随筆 (アルバ文庫)
 
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如己堂随筆 (アルバ文庫) [文庫]

永井 隆
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商品の説明

内容紹介

如己堂ーそれは「己の如く人を愛する」というキリスト教精神に満ちた、原子野の片隅にある小さな庵である。
原子野は、とうの昔になくなった。
庵の住人も、その魂を神の御手の中に返した。
しかし、そのささやかな庵と、この中で書き続けた幾多の珠玉編と胸を打つ愛の手紙はいつまでも残っている。
そしてまた、著者が全心をもって捧げた平和への祈りも現代に生き続けている。

著者について

明治41年(1908年)2月3日島根県松江市にて、医師であった父寛、母ツネの長男として誕生。幼少青年期を三刀屋町(現・雲南市)ですごす。
昭和3年(1928年)4月松江中学を経て、長崎医科大学(現:長崎大学医学部)に入学。
昭和6年(1931年)浦上天主堂近くの森山家に下宿する。後の妻、森山緑と出会う。森山家はカトリックであったためカトリックに興味を持ち始める。
昭和7年(1932年)4月大学卒業後、助手として、放射線物理療法の研究に取り組む。
昭和8年(1933年)幹部候補生として広島歩兵連隊に入隊し、満州事変に出征。
昭和9年(1934年)2月帰還。大学の研修室助手に復帰。6月洗礼を受ける。カトリックの信徒組織である聖ヴィンセンシオ会に入会(洗礼名、パウロ)。無料診断・無療奉仕活動などを行い、この頃に培った奉仕の精神が、晩年の行動へと結びついて行く。
8月森山緑と結婚。一男二女をもうける。
昭和12年(1937年)長崎医科大学講師に就任。日中戦争に第五師団衛生隊隊長として出征。
昭和15年(1940年)長崎医科大学助教授・物理的療法科部長に就任。
昭和20年(1945年)
6月 長年の放射線研究による被爆で白血病と診断され、余命3年の宣告を受ける。
8月9日 爆心地から700メートルの距離にある長崎医大の診療室にて被爆。右側頭動脈切断という負傷を負いながらも布を頭に巻くのみで、被災者の救護に尽くす。
昭和21年(1946年)1月28日長崎医科大学教授に就任。7月長崎駅近くで倒れる。以来、病床に伏す。
昭和23年(1948年)永井が療養を行うための庵が完成。「己のごとく人を愛せよ」の言葉から、庵の名前を「如己堂(にょこどう)」と名付けられる。この庵で反原爆を訴える作品を数々生み出す。
昭和24年(1949年)長崎市名誉市民の称号を受ける。
昭和25年(1950年)ローマ教皇特使としてフルステンベルク大司教が見舞いに訪れる。
昭和26年(1951年)5月1日逝去 享年43才。

登録情報

  • 文庫: 330ページ
  • 出版社: サンパウロ (1996/1/30)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 480566519X
  • ISBN-13: 978-4805665190
  • 発売日: 1996/1/30
  • 商品の寸法: 14.6 x 10.6 x 1.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
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By Akemi
形式:文庫
私は仏教徒ですが、今から30年以上前、心の糧を求めてさまよっていたころ、この本に出会い、どれほど勇気づけられたか計り知れません。以来、つねに私の座右の書です。

この本の「お返事集5」という章に「奇跡は信仰のほうびではありません」という言葉があります。まことにその通りと思います。ただし、この本のその章を読んでしっかり納得したうえで、つぎに「意向」という章を読み、そのあとで、冒頭に近い場所にある「ルルドの奇跡」という章を読んでみて下さい。

原爆被爆前からすでに白血病患者であり、早晩死ぬ運命にあった永井隆博士が、なぜ生き延び、6年の余命を授かったか、その使命は何だったかが素直にわかり、涙が出ます。

被爆後一か月あまり、すでに重体の病人であった永井博士のもとに、三キロ離れた村からただの腹痛を診てくれという往診の依頼が来ます。「私は往診したら死ぬかもしれないほどの重病だから行けません」と断わったのに、再度の使者が来ます。それならと重い腰を上げた永井博士は、こうなったら長崎医科大学の名誉にかけて、自分の言葉に嘘はないことを証明するために、往診に行ってそのあと死んでみせようと、自分の意地に命を賭けます。が、その道の途上、立ち寄った純心修道院の仮住まい小屋で、修道院長から声をかけられ、諭され、はっと気づきます。「すべての行為は愛の意向に基づいて表わされねばならない」と。「大学の名誉」とか「意地」に命を賭けることは、まちがっていたと。

その往診から帰った後、危篤状態に陥った永井隆のもとにもたらされたのが、本河内(聖母の騎士修道院)の、マキシミリアノ・コルベ神父によって開かれたルルドの泉の水でした。それによって、奇跡的に傷の回復を得た永井博士は、これをルルドの奇跡として、雑誌『聖母の騎士』の1946年12月号に寄稿しましたが、それを往診の話と結びつけて語ることは生前にはいっさいしませんでした。

没後に出版されたこの『如己堂随筆』でも、二つの話は遠く離れた二箇所に分けて書いてあり、しかも時間的に後の話のほうが前に書いてあるので、不注意な読者には見落とされてしまいますが、順序を入れ替えて再構成してみると、上に述べた一連の話になるのです。

多分、永井博士は、傷の癒しの奇跡を自分の信仰の手柄であるかのように描いては傲慢の罪を犯すことになると考え、慎重に配列を選び、生前に指示しておいたのでしょう。が、私は話を上のように再構成したうえで、敢えて言いたいと思います。「なるほど、この信仰にして、この奇跡あり」と。
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