第30回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作「女騎手」です。
巻末には簡単な選考経過と最終候補4作に対する選考委員の方々の選評も載っています。
そこからも分かるのですが、この作品は原題を「薔薇という名の馬」といい、
刊行に当たって改題したとのことです。
が、一読した後考えるとこの改題に必然性を感じませんでした。
また、どうしても女性騎手が主人公でなければならないという必然性も、最初それほどは感じませんでした。
女性作家が、競馬をテーマにミステリを書き、その主人公も女性騎手であるという
舞台設定によって人目を引こうというちょっといやらしいタイトルに見えました。
主人公の紺野夏海は往年の名騎手の娘としてデビューするも伸び悩む女性騎手です。
彼女は客寄せパンダのような「女性騎手」ではなく、ただの「騎手」として見られたいと思っています。
はてこれは僕の深読みでしょうか、皮肉を感じます。夏海の願いはタイトルそのものから裏切られています。
こう思った瞬間から感じ方が広がってきました。
夏海は強いです。競馬界にあっても時に先輩に口答えし、レースでは危険を恐れず体を張る
負けん気の強さがあり、そこらの男では敵わない空手の達人であり、
騎手としての自分を取り巻く状況がどんなに悪くても前を向く芯の強さがあります。
本書のラスト、最後の秘密を暴くために夏海はある人物と対峙します。
夏海はここで初めて涙を流します。彼女の説得と涙を、しかし相手は女の論理と一蹴します。
相手の最後の言葉に、僕はためらいながらも頷かざるを得ません。
夏海は事件の真相を解きはしましたが、最終的に破れたのです。
ここに来てこのタイトルは必然だったのかもしれない、と思いました。
メイントリックは小粒、という選者の評もありましたが
馬を酷使から守るために、馬が「あるもの」を嫌うように仕向けようと
一種虐待じみた調教を施すというのがそれで、ちょっと倒錯した馬への愛みたいなものが、
大変のど越しの悪い読後感を残します(^^;
僕は競馬ファンとして、競馬の持つ闇から目をそらしてはいけないと考えてはいますが、
この一件に限らずこの作品にはそれがことさら露悪的に描かれているようで、ちょっと胃もたれもしますね。
この作家さんは本当は競馬ファンなのかどうなのか、それこそが自分の謎だったかもしれません(笑)
あるいは競馬ミステリとはそういうものかもしれませんが。
作中にちりばめられた競馬知識は大変精緻で、競馬ファンにもほとんど違和感なく読めると思います。
よほど丹念に取材されたのだろうかと思いましたが、
ある用語は丁寧に説明されたかと思えば別の場面では、
門外漢には通じない可能性がある用語が不意に出てきたりするところから、
日常的に使っているからこそつい出てしまったのかとも思いました。
それだけに金杯の五日後に「寿杯」なる架空の古馬京都芝1800のG3をでっちあげてしまったのは…
後から見れば実は最初から明らかで僕の不覚だったのですが、終盤にかかって初めて
事件に関係するレースが全て架空のレース名だったことに気付き、驚き、脱力しました…
実在のレースと混在させる理由、「金杯」が舞台ではいけなかった理由が分かりません。
意味がないと思いました。
逆に登場する騎手・調教師ら厩舎関係者や馬主・競走馬はもちろん架空の存在である一方で
「社台」「メジロ牧場」「早田牧場」「サンデーサイレンス」「ナリタブライアン」といった
牧場名・種牡馬名は登場し、一線を引く位置には少し違和感がありました。
しかしこれだけ分厚い作品世界を作られたことは素直に賞賛したいと思います。