この本は、一度絶版になったと記憶している。記憶が正しければ、本書が再評価されたということになろうか。著者も前書きで書いていたが、タイトルと、いかにも妖しげな表紙(表紙の画はまさに女性器を表現したものである)を見てこの本を買ったおじさん方は本書を広げてがっかりしているだろう、、、。本書では、社会学的、文化人類学的手法等を用いて女性論?が展開される。現代の男女の性差を生物学的な違いではなく、ジェンダー的側面から次々と切り裁いていくのだが、いかにも上野千鶴子的な勢いと、ややまったりとした雰囲気で構成されていたと思う、、、。と、いうのもこの本を手に取ったのは20年も前のことで、細かい部分については記憶違いがあるかもしれない。当時、この本を手にしたきっかけは、大学で著者の講義を受けたことである。当時、著者は隣の女子大の講師だったが、私が在学していた大学にやってきて、”女性論”という総合講座で6回ほど講義を行った。彼女は、マイクを持って教壇の上を歩き回り、学生に次々質問を投げつけ、まるで今話題のマイケル・サンデルのようだった。まだ大学1年だった私は、とにかく上野千鶴子が発する言葉すべてに驚いた。本書の内容も同じである。今までの既成概念が覆されるとともに、学問の手法を学んだ。こんな簡単な言葉で学問ができるのだ、という驚きもあった。本書は、ちょうど”アグネス論争”の頃のもので、内容はすでに古いものになっているかもしれないが、私は今でもお金を払って読む価値が有る本だと思う。本書の巻頭で著者が”おま●こ”(本の中では伏せ字ではない)と、何度も繰り返すのも興味深かったが、読み進めていくうちにその意味もだんだんわかってくる。表紙にあえて、女性器を表現した画を使っている意味もわかってくる。著者は講義同様に次々と質問を投げかけ、読者に考えさせる。本書を読むことは学問をしていることでもあるのに、決して難しい本ではないのもすごいと思う。いろいろな意味で賛否が分かれると思うが、買いの一冊。私の本棚には今もこの本が列んでいる。