「ジェンダー/フェミニズム業界には論文量産システムがあるらしい」と内田樹が揶揄しているが、実際その類の本は書店や図書館の棚にはち切れんばかりで、初学者は途方にくれる。
本書は下は高校生も対象としているというが、著者はあえて「です・ます」を用いて学術書調にならないように腐心したと書いている。学問の水準を落とさずに判りやすさを心掛けるというのは並みの学者の出来ることではない。ジェンダーに興味を惹かれる方が初めに読む本としてお勧めできる良書である。
書名について、著者は「女性を問い直すことはそのまま男性を問い直すことだから」という。しかし本書の大半を占めているのは女性学である。男性学という研究分野が緒に就いたばかりでもあるが、「女性」は「男性」の関係語であるから賢明な読者には違和感はないだろう。
女性解放史をフランス革命にまで遡って記す。近代市民社会はここから始まり「人権宣言」と共に「女権宣言」も書かれたが、近代が出現させた「個人」は家族と関連した男性のみで、女性はその属人として家庭に閉じこめられたと書く。ここでは、後に第2波フェミニズムが発見した「家父長制」を指していることは明らかである。
従って本書のページは、60年代に端を発した第2波フェミニズムに大きく割当てられる。だがこのフェミニズムなるもの、「フェミニズムズ」と複数形で表されるほどの百花繚乱的学説の乱立で、それらを単に並記している類書を幾ら読んでもその差異が理解できないのだが、本書ではそれぞれの学説が相互に関連づけられていて、その違いと経過が良く整理されていると感じる。
筆者が特に興味深く読んだのは、「ポスト植民地主義とジェンダー」での岡真理(主著『彼女の「正しい」名前とは何か』2000.9)批判である。このエキセントリックな学者は「当事者性」を武器に、第一世界(先進国)のフェミニストをなぎ倒してきたが、著者はこの女帝のメタ批評家振りを果敢にも論破する。岡に対する批評論文を書いた後で、多くの女性から「本当はいいたかったのだけれど、怖くていう勇気がなかった」と、こっそり打ち明けられたと書いている。この業界もいささか硬直化しているようだが、千田有紀氏のような若く恐れを知らない手によってさらなる学問の突破口が開けて行くことを期待したい。巻末に「読むべき本」のリストが付けられているが、各章で参照した重要文献はそこから省かれてしまっていて、それを見るためにページをひっくり返さねばならないのが惜しい。