ラジオパーソナリティを主業とする、タレント小島慶子の語り下ろし本、第二段である。
(目次、裏表紙は「クリック なか見!検索」を参照)
----
◆p.41 もしもあなたが「自分は本当にこうあるべきなのかな」と揺らいでいたとしたら、それは親の価値観と自分の価値観との相克なのかもしれませんよ。その場合、ためらう必要なんてありません。自分の価値観を信じるべきです。
◆p.160 つねに私のことを理解してくれて、つねに同じ価値観でいられる「真のソウルメイト」みたいな人がいたら、それは楽しいかもしれません。……でも、…価値観が違ったりしても、……距離ができたとしても、昔感じた友情がニセモノになるわけではないのだから、違いを受けとめて関係を築き直していけばいい。……距離が遠ざかったら、遠ざかったなりの付き合いを継続すればいい。無理して維持する必要もないけれど、無理して遮断する必要もない。
◆p.181/212 人が自分のことをどう評価するかは、相手しだい。……それを強引に「ちょうだい、ちょうだい!」と言っても、得られないのは当たり前。それなのに、得られるのが当然だと思っているから、無限の苦しみ(=地獄の苦しみ、「なんで認めてくれないの?」という欲求不満)を味わうわけです。……「奪う」やり方をしているかぎり、がっかりしたり不満に思ったりすることから逃れられません。/……けれど、自分の気持ちを手のひらに載せて相手に届けようとすれば、たとえ拒否されたとしても、傷つく度合いが低いと思うのです。
----
『
ラジオの魂』に続く、著者タレント本。それ以上でもそれ以下でもない。小島慶子女史を応援する人なら、読まれたし。「語りおろし」の形態がタレントのキャラクターを生かしていて、タレント本としては良本である。嫌いな人なら、このレビューを読むこともないし、本書を読んだところで、どこにも響く箇所を見つけられないだろう。
■読後感
「履歴書に書ける成功をおさめたと言える」(4p)と自己評価する著者は、むしろ不器用なのかもしれない。幼少期の母親との確執、仕事での葛藤、子育ての苦労…を乗り越えてきた。世間では「コミュ力」が跋扈しているけれど、著者は「厳密に言えば私は決して「自然体」ではない」という(188p)。コミュ力偏重とは違う生き方を、指し込んだ光のように提示してくれた。