男女間に横たわる性差というのは、これまでいろいろな差別を産んできたが、著者いわく女と女の間にも、男女ならぬ「女女格差」があるらしい。本書は、いろいろな統計、調査を元に、出身階層、教育、結婚、離婚、子ども、労働、はたまた美貌の有無まで、さまざまな観点から、女と女という同性同士の間に歴然とある格差を捉える。
・・・しかし読んでみると、それほどインパクトはない。よくよく考えてみれば、男同士の間にだって、格差はあるのである。非正規雇用でヒィヒィ言ってる青年もいれば、キーボードをちょこっと叩いただけでウン千万をたたき出す六本木ヒルズ在住セレブ男だってこの世には同居する。そこには、本書で論じられる女女格差の要因と全く同じ、生まれた階層や学歴などの影響があるのだ。でもこの本のような問題のとらえ方だと、あたかも男と男の間の格差、すなわち「男男格差」がまるでないもののように思わされる。
「女性を扱うなら美人・不美人の格差も論じることが必要」と人に言われ、それを9章で扱っているが、それにしたって男も今の時代は外見に気を使わないと、気を使っている人よりも不利になる可能性だってある(キモメン、非モテというように)。ただこの章は、美貌という主観的な要因を無機質な経済学的分析に当てはめるということによって生まれるコントラストが、皮肉なことに、無味乾燥な分析で埋まる他の章よりも面白かったのだが。
あとこの本の「女女」に関する取りこぼしがあるとすれば、女性、というよりか「母親」について。世には、子供の成長いかんによって、自らの人生さえも評価してしまう人がいる。それほど女性にとって子供の行く末が重要なのだといえるが、それをあつかった箇所がなかった。子供についての章はあったものの、それは「子供を持つか否か」、そして「何人欲しいか」といった出産・育児という最初の段階の話に終始しているため、「その子供がどのように育ったか」、そして「その母親はどうなっていくか」というのも知りたかった。もしかして、そのようなことを追った調査がなかったのかもしれないけど。
著者が言うように、女性の場合は「妊娠・出産」や「結婚を機に仕事を辞めるか否か」といった人生の岐路が男性より多く、それが女性特有の悩みどころではある。しかし、その他いろいろな場面において、男が女性化、女が男性化する傾向がある中で、いまさら女と女の差を論じるよりも、著者が前に書いた男女を問わない「格差」のほうが、以前注目に値するのではないだろうか。