私自身いわゆる女系家族であり、また、明治35年生まれの祖父と40年余りを同じ屋根の下、しかもだだっ広い家にも関わらず相部屋で(!)暮らしてきたことから、この表題には強い親しみを覚えました。
曽祖母様が外出先でお手洗いに行くのが嫌だからと水分をお摂りにならなかったという箇所で、祖父もそうだったなぁと懐かしく愛おしく思いおこしました。学歴や社会的地位に拠らない自尊心や自律心そして人や自然への思い遣りが滲み出るような品性の実を豊かに実らせていた祖父の時代の人々からは学ばされることが多いと改めて思います。
ただ、物事の捉え方においてやや主観的な部分が目につき、これが方向性としては言わば「ご自分の」家族に向けた備忘録にとって変わってしまっているように思えます。
例を挙げるには少し躊躇われますが、カンヌ映画祭の際に受けられた多くの苦言について ー これはご本人の理解しているような単に派手すぎるとか目立ちすぎるという理由からではなく、もっとニュアンスの異なるところにあったのではないかと考えるのは私だけでしょうか。
また、ご実家について、135周年を迎えるという十字屋は初代(創業)は、たしか原さんというクリスチャンの方だと記憶しています。高祖父の方が開業されたと明記されていますが、歴史的価値の非常に高い日本初の西洋楽器店について、どのような経緯で原氏から受け継ぎ開業に至ったかなどを当時の政治的社会情勢などと共にもう少し掘り下げて丁寧に記していただきたかったです。
ご自分の生い立ちから家族のプライベートまでを公に表現する江里子さんの勇気には拍手を送りたいです。お母上とのやりとりからも天真爛漫な著者の性格がうかがい知れて微笑ましくもあります。
しかしながら、この主観的記述の網羅によりやや食傷気味となり、著書全体が何かしらスッキリしない混沌とした印象となってしまっているのも事実です。