大正に生まれ、昭和を生き抜き、平成の世も大女優として舞台に立ち続けてきた森光子さんの米寿を祝うムックです。篠山紀信が撮った「一生女優」の9ページのポートレイト、同じく『放浪記』の舞台裏を劇撮した36ページのカラー写真は臨場感の有る写真でした。そして30数名の芸能界だけでなく各界の著名人から寄せられた応援メッセージを読むにつれ、いかに多くの人から慕われているかが伺えました。
そして読み物としてまた写真集として興味深かったのは、森光子さんの激動の人生の歩みを20ページの分量で紹介した特集でしょう。国民的女優と呼ばれ、文化勲章を受賞し、前人未到の『放浪記』2000回上演という金字塔を打ち立てたわけですから、その偉大な功績も含めて語り継がれるべき大女優の素晴らしさが伝わってきました。
146ページからの年譜によれば、森さんは1920年(大正9年)5月9日に京都市中京区木屋町二条に生まれています。母は割烹旅館「國の家」を営み、従兄が嵐寛寿郎という映画の世界に入るべき道筋がついていました。
13歳の時に母が病没し、同年に父も病没し、昭和10年の15歳で映画に出演していますので、芸歴は75年以上を数えます。
戦時中の慰問では敵機の空襲にあい、辛くも爆弾の直撃に合わずに済んだという体験も書かれていました。戦後の栄養状況の悪い中、肺結核で療養し、出廻り始めていたストレプトマイシンの効用で一命をとりとめ、今に至るという生き様を知ると、確かに強運の持ち主であり、「生かされた方」の強い星を感じ取りました。
1920年生まれと言えば、李香蘭(山口 淑子)、原 節子という昭和を風靡した大女優が皆さん今も素晴らしいことに御存命です。森光子さんのように遅咲きの女優さんでかつ80歳を過ぎてもずっと舞台に立ち続けられたことを考えると人の運命と言うのはなかなか分からないものですね。