ポルノは女性をモノ化し男性による女性支配や固定的な性別イメージを強化するのでよろしくない、といった紋切り型的なもの言いをするフェミニズム論者は少なくない。だが、そうした単純な考え方では、レディコミやBLなどのポルノを楽しむ女性、という著者も含む女たちの存在が認められないことになり、これは女性の力の拡張をめざすフェミニズムにとっても好ましいことではなかろう、と著者は批判的に述べる。そして、では女性向けポルノはいかなる表現であり、それはどのように享受されているのか、これを男性ポルノとの比較などを通して、実証的に明らかにしようと試みる。
女性ポルノでは登場人物のモノローグが多くこの「内面」の記述が読者に共感をもたせるとか、男性ポルノとは違い「受け」の描写のみに終始せず「攻め」の快楽も明示化されており感情移入の構造がより複雑、といった指摘の数々になるほどなと思いつつ、特に刺激的であったのが、女性ポルノの読者にもある種のレイプ願望、ムリヤリ暴力的にやられてしまうことへの憧れが存在している、という見解であった。むろん、その行為を「愛ゆえに」などと意味づけ暴力性を無化する物語上の仕掛けがあり、それゆえ読者は「レイプ」でも安心して楽しめる、といった留保をつけるなど著者はきわめて慎重な議論を展開しているが、しかしこうした見識が導きだせるだけでも、フェミニズムによる既存のポルノ批判はどこか的を外していることが示唆される。
本書は著者の博士論文がベースだが、テーマがテーマだけに、調査研究や発表などの学術的な実践から、日常的な自己提示まで、何かと苦労が多かったのではないかと推測される。だが著者は、自身の研究者としての成長と同時代的に発展してきた女性ポルノの意味を、執念深く読み解いていき、そこから自己を含む女性の性的な自由をより開いていくための思考をつむぎだした。その成果が、本書のようなとても面白い作品に仕上がったことを喜ばしく思う。