コメディタッチのサスペンス・スリラー映画です。テキサスの片田舎にある酒場を舞台にしたコーエン兄弟作品は、中国辺境の麺屋を舞台にした時代劇に。ただし細かな場所や時代の設定は不明。街道を騎馬を連れだって失踪する警備隊がパトカーのようにサイレンを鳴らしながら通行する様子などを見ると、これは最初から時代を超越したファンタジーみたいなものと考えた方がよさそう。 本作が作られたのは、先日公開された「サンザシの樹の下で」よりも早い2009年。ほぼコンスタントに日本公開されてきたチャン・イーモウ作品としては、ずいぶん時間がかかったが、なるほど観て納得。いや、別に出来が悪い訳ではないが、商品としては何とも売り難い珍品だからでしょう。
巨匠の重厚な時代劇を期待する観客は、突然目に飛び込んでくるチープな極彩色の世界に、三池崇史の映画に迷い込んだのかと戸惑います。人工着色料に染まったような毒々しく赤茶けた大地と冷たさを湛えた真っ青の青空、それらが見せる色調の変化と、流れる雲や満月の光は、登場人物の感情を代弁する。映画は、欲望にまみれた人間の心の動きを鮮明に反映させ、その愚かな本質を赤裸々にした上でほのかなユーモアすら漂わせます。
コーエン兄弟特有のブラックユーモアはより滑稽さを加味されて、スラップスティック・コメディに近いです。最初の殺人事件が起きてもそのムードは維持されて、登場人物の誰一人として、今起きている事件の全体像をつかんでいない。彼らの様子を第三者の視点で観客がみる面白さ。
残念なのは、妻とリー、特にリーのキャラクターが弱い。オリジナルでは妻と若い愛人は本当に浮気しているのだが、こちらではリーはワンに隠れて妻の虐待の傷を治療しているだけ。彼は妻に言い寄られてはいるが、実際に浮気をする勇気の無いヘタレなのである。
更に、本来のシンプルな四角関係に、コミックリリーフの凹凸カップルという笑わせるための要素が追加されていたりして、どうしてもワンとチェンというおっさん二人の強烈さに負けてしまっている。
最後にヒロインが殺し屋と一騎打ちするあたりでようやくコーエン兄弟作品に通じる緊迫したムードが出てきます。お笑い要素もほとんど引っ込み、イーモウ監督の演出もオリジナルへのリスペクトに溢れるものとなります。オリジナルで印象的だった、撃ち込まれた銃弾の穴からもれる光の描写が、ある物を使ってそっくり再現されているのも面白い。
中国版「ブラッド・シンプル」を期待して行くと裏切られた気持ちになるが、あくまでもあの作品にインスパイアされた別物と思えば、これはこれでなかなかに楽しめました。私は、ヒッチコックのコメディスリラー「ハリーの災難」を思い出しました。
それにしてもチャン・イーモウ監督、芸術性とドラマ性をあわせ持ったシリアスな作品や、素朴な純愛ストーリー、武侠エンタテインメントにゴージャスな歴史ものまで、本当に振り幅が広い。この人は、作家性より何でもこなす器用な職人肌の監督なのだとつくづく思います。