『私たちは繁殖している』シリーズで自分の出産・育児体験を赤裸々に綴ってきたマンガ
家・内田春菊と、『TSUGUMI』などで知られる小説家・よしもとばなな。人間としても「異
端」の生き方をしてきた彼女らが、子育て、家族、女について語りつくすのが、本書『女で
すもの』だ。
内田春菊氏は、『ファザーファッカー』などで破天荒な人生を歩んできたことは知っていたが、
よしもと氏とからんだら、お互いがお互いの持っている面白いネタを引き出し合ってくれる。
この本を読んで改めて思うのは、社会はどんなに穏健なように見えても、いざその「枠」を
超えてみるととたんに冷たく豹変する、ということ。異端を歩んできた2人だからこそそのこ
とを肌で敏感に察知し、普通の主婦なら抑圧してしまいそうな身もふたもない「真実」をあっ
さりと語ってしまうところがあって、それはある意味建前で彩られた育児書よりも役立つん
じゃないかとさえ思う。「『楽しい』を優先して選ぶと、まわりから怒られるようなところがあ
るよね、日本では ―――内田発言」うん、それはよくわかる。
こうして好き勝手にしゃべれるのは、この人たちが社会的に「強者」だからだと批判的な眼
差しを向ける人もいる。たしかに、経済的に弱い立場にある専業主婦でこのような生き方を
貫くことは難しいかもしれない。そこから、こういう二人の物言いに「奢り」を見出す人がいな
いわけではない。
でも、彼女らの発言は「所詮強者の奢り」で片づけていい類のものなのだろうか。アポなしで
義理の母親が突然来たり、自分の物の様にこき使おうとしたり、またそれを当然のことと思っ
ていたり。いくらリベラルになったって、やはり根本のところには「お家」的なものはまだ残って
いるのだ。そういうものに日々ぶち当たりながら、それでも笑ってそれを話のネタにできる、思っ
たことを躊躇なく言える、そんな彼女らのような「異端」のママが一人や二人いたっていいの
ではないだろうか。