大変に個人的なことから申し上げることに、ご容赦を賜りたい。
私は、父親が45歳の時の子供で、一人っ子である。従って、私が小学校に入学した時、父は52歳になっていた。父親参観等で、児童の父親たちが一堂に会するときなどは、ほぼ、総ての場面で、父は最年長者だった。殆どの場合、クラス担任の教員もまた、父よりも年少だった。
私は、そんな父親を、ごく自然に、とても誇らしく感じた。「先生も知らない昔のことを知っている家のお父さんは、偉いんだなぁ……」と、素直に、そう思った。私にも、反抗期はあった。しかし、小学生のころに感じた、父に対する名状し難いノスタルジックな愛着は、一貫して、私の胸中から去ることが無い。
その一方で、私の中には、父が何歳まで元気でいてくれるのだろうかという、とても本質的な不安が、幼い頃から有った様に感じる。毎年お盆になると富山の菩提寺からご住職が来られ、ささやかな仏壇にお祀りしているご先祖様のお位牌に、お経を上げてくださっていた。
幼い私には、何故か、お位牌にお経を供えてくださるご住職の様子が、とても怖いものに感じられた。「お父さんも、何時かは、お仏壇の中に入っちゃうのかしら?」と、漠然とした不安を感じたことを、今でも覚えている。
前置きが長くなったことを、率直にお詫びする。
こんなバックグラウンドを持ったことが原因なのかどうかわからないが、私は学部時代、丹波哲郎氏の「大霊界」についての著作に触れ、大きな世界観の逆転を経験した。いわゆる彼岸と此岸との主客が、私の中で、逆転した。
人の霊魂が肉体から離れるとき、霊界からのガイドや、一足先に旅立った縁ある方たちが、団体で出迎えてくれることを知った時、私は、胸に熱いものがこみ上げてきて、涙が止まらなかった。
この映画の中に、不慮の交通事故で命を落とした父親と二人の子供たちとが、霊界で再会するシーンがある。このシーンをを見たとき、20年前に、丹波氏の著作に触れたときに感じたのと、全く同じメッセージを、私は受け取った。……涙腺が、またしても決壊してしまった……。
折りしも、それは父が脳梗塞の後の、リハビリに励んでいたころのこと。既に、事実上の父子家庭になっていた私にとって、この映画は、何時かはやってくるであろう父の彼岸への"帰還のとき"と、"帰還してなお断ち切られない魂の絆"とを、めくるめく映像美と俳優陣の誠実な演技とによって、私に「予告」してくれた、大切な一篇なのである。言わば、私の「心の映画」なのである。
父は脳梗塞を克服し、その後の5年間を、かなり元気に過ごした。6年目に、末期の癌であることがわかったが、本人にはことさら伝えず、献身的なヘルパーさんと私との二人三脚の在宅介護を経て、84年間の"現役を除隊"した……。
この映画は、うっかりすると、"闇"に吸い寄せられそうになる私の弱い心を正気にさせ、喝を入れてくれる、ありがたい作品となった。(了)