久しぶりに一週間出張に出た際に、ビジネスホテルで深夜に読み返してみた。たまたま立ち寄った書店で小学館の文庫版を見つけたのだ。
優れた小説はどんなものも喜劇的であり、かつ陰惨である。楽しけりゃよい、読みやすさが一番などと言っている「小説好き」の御仁は、実は小説などを必要としない人種なのだ。その意味はいまさら書かない。
20世紀で一番面白い小説であろうジョイスの『ユリシーズ』は、極め付きの喜劇であって、なおかつ陰険惨めで絶望的な作品だ。言語の機能を極めたというもうひとつのラジカルな面は措いていおいても。
「読んで元気なる小説」とは、焼け後のマリアとか泥沼のなかでもがきながら生きるということの中にある。
中上健次はいまでこそ多くの批判や揶揄めいた評価も目に付くが、おそらく戦後最大の泥沼を生きた作家であったろう。それは彼の実人生だけのことではない。決して。
チェリスト、ジャクリーヌ・ドュプレの実人生が悲劇的であり、陰惨であったこととは別に、彼女のエルガーのコンチェルトが陰惨であるように。芸術表現の栄光は、陰惨のうちにこそあろう。それをリアリズムと言うとドストエフスキーはエッセイに書いていた。自分はリアリストであると。お気楽暢気には、芸術の神は宿り得まい。
本作『奇蹟』はそれはそれは凄まじい物語である。
おそらくフォークナーの『サンクチュアリ』や『響きと怒り』に迫り、ドストエフスキーの背中を捉えんとした小説ではないか??