あの日から、「何かが変わった」。
なんだろう。ずっと、靄がかかっているような気持ちを抱えたまま、
でも頑張らばければという思いが空回りして、うまく歩けないような状態。
書店でも、震災関連本コーナーが目に付くけれど、「経済復興計画をどうする」
「第三の焼け跡からの復興」といった論調ばかりで、何か違うと思わずにはいられなかった。
言ってることは正しいが、何かが足りないのだ。
その違和感をずっと考えていて、ふと思った。どの本も、震災後の危機や経済的復興ばかりを
取り上げていて、この震災がもたらしたことの"意味"に触れていないのだ。
ふつうなら、インパクトがありすぎる出来事を前に、その意味を考えることは
難しいかもしれない。しかし、著者は大震災が提示した「その意味」から目をそらさず、
生命科学に携わり遺伝子研究をする科学者としての知見から、この震災によって、人間の
遺伝子レベルでどんな影響や変化があるのか、その「意味」を含めて洞察したのが、この書だ。
『科学的で合理的で経済効率が良いことが、そのまま大自然と共生していくうえで
「合理的にならないこともある』
『科学がまだまだ及ばない深遠な領域に対する謙虚さをなくしてしまうことは、
逆説的に科学の可能性も閉ざしてしまいかねない』
『人は、無力だから祈るのではなく、祈りには思いもよらない力があるから祈る』
『「利他の心と行動」が、私たちが本来持っている多くの命とつながろうとする、
調和を望む遺伝子のスイッチを入れた』
と述べられているように、科学者として「科学的に説明できること」と
「科学では説明できない、目には見えない大切な何か」のどちらもが、これからの私たちに
必要だということが著者の豊富な経験やエピソードを交え、実直に語られている。
これからの日本の復興に関わるすべての人(もちろん自分も含め)が、大切にしたいメッセージが
随所に詰まっているし、何かしら、今の状況を取り巻くあらゆることの「意味」を知ることで、
「そういうことだったのか」と納得して次に進めそう。
結局、いろんな偉い人が、どれだけ復興への提言をしても、
その人たちは「ほとんどが言うだけで自分では動かないし、本当の意味で人々を動かせない」。
それよりも、一人ひとりが自分の中に眠っている「遺伝子レベルからの復興エネルギー」を
目覚めさせることのほうが、実は、すごく"現実的"なのでは? と、思えてくる。
真の復興を考えるうえで「モヤモヤしていた視界」を晴らしてくれる、慧眼の書。
どこかの国の首相にも読ませてあげたい。