これはグルメ本でも、「鮨」にありがちな高級店の評論でもない。真摯に「鮨」と向き合い、「鮨」を通じて人間、社会、環境を描いたノンフィクションだ。鮨好きの著者は、ある時こぢんまりとした鮨屋を発見した。銀座でも築地でもなく目黒のとある住宅街にひっそりとあるという。そこで出会ったものは、今までの概念を一瞬にして覆すような「世界一幸福な食事」。その店の親方と鮨に魅了された著者は、その鮨の秘密と技、哲学を知るべく、日本各地へ旅に出た。北は利尻、南は奥志摩。親方が仕入れる魚、貝、それを生み出す人々を自分の目で確かめるために、現地取材を繰り返した。そこで聞く漁師や生産者の話には共通項があった。それは食材へのこだわり、愛情、食の哲学。更には、海洋汚染など食材をとりまく危機的状況だ。また海の命を後先考えずに根こそぎ奪う漁業者達の存在もある。親方のこだわりは鮨ダネの海産物だけではない。米、酢、酒、氷など全ての食材は、徹底して選び抜いた本物であり、それら生産者の熱い情熱は狂気でもある。それはただ単に「食べるもの」を作るという考えを遥かに超え、命である食材を丁寧に扱い、最高の良さを引き出した上で、客に美味しく出すことまでが考えられている。そして最高の食材を余すことなく、感謝の心を持って、丁寧に愛情を込めて料理をするのが、この親方なのだという。江戸っ子である親方のこだわりと人情は、忘れかけられている日本人の魂の様にも感じる。食材の命を大切にし、食の重要さを説く。その哲学と心意気には恐れ入った。おりしも最近マグロ漁獲高を巡る議論がなされているが、「マグロ大国日本」には死活問題だろう。しかし問題はマグロだけではなく、いまや全ての魚介類が危険にさらされている。そういった意味でも、「鮨」を通じて環境問題までをも掘り下げ、同時に「食育」についても訴えるこの本は、非常に貴重だろう。著者の先見の明に敬服。