観て、まずとても賢い選択を採ったと。なぜなら、この映画が何故2年に渡って警戒されてきたのか理解できないほどに、昭和天皇だけにピントが合わせられた作品だったからです。私はもっと、「終戦時の混乱」もピリピリ伝わってくるような作品だと思っていました。
だとしたら、観客の意見が真っ二つになる恐れがありました。そして彼はそれではいけないと思ったのか、外国人監督という立ち位置を意識してか、単純に昭和天皇そのものにしか関心が無かったのか、「ヒロヒト」に迫り続けました。
その試みは奏功していて、イッセー尾形の、淡々と、そして完壁にこなされた演技の端々から、「ヒロヒト」の人間臭さを感じ取ることができました。たまにひいてしまうくらいに。その一端が「あ、そう」。聞いた話によると、昭和天皇には数種類の「あ、そう」があったそうで、近臣はそれで陛下の御心を感じ取っていたそうです。こういう奥ゆかしい、簡潔なコミュニケーションに憧憬をおぼえます。
「実際の昭和天皇がこんな人だったのか」と盲目的に信じたりもしませんが、ユーモアがあり、慈愛があり、どこまでも謎めいている。そんな「ヒロヒト」の旅へ、ソクーロフと一緒に出かけるのも良いんじゃないんでしょうか。