終戦から66年、大正生まれの陸海軍機搭乗員たちは既に90歳代前後となり、口を閉ざしてきたことも、思い出したくないことも、戦友に申し訳ない気持ちであることもあったと思う。しかしもう伝承する時間が段々なくなってきた危機感から、著者は全国を訪ね歩いた。それはとても貴重な行動であろう。各兵士の最後の証言は貴重である。
あるレビューで、ウエストバージニアではない、ペンシルベニアだ、と厳しく指摘しているが、本書の性格からしてどちらでもいいではないか。本書は戦史でもない、戦闘の公式記録でもない。当時10代、20代の一兵士の身の回りで経験した貴重な体験の記だ。記憶違いもあり、誤った情報もあるかもしれない。しかしそれを全て訂正する必要性は本書にはないはずだ。他の作品で触れているのと同じ伝承でもいいではないか。レビュアーが本書を「講談本」だの、「見る価値なし」としているが、いかがなものか。
あるレビュアーは、「矢矧」の池田武邦氏や、ルバング島の小野田寛郎氏を例に挙げて、日本民族の崇高さを讃えている。しかし池田大尉は海兵72期であり、小野田少尉は陸軍予備士官学校から陸軍中野学校二俣分校出身だ。将校養成校で叩きこまれた尉官と、本書の市井からの一般兵士と比較しても意味がない。国家、国軍、国体、天皇について将校から兵士まで全て同じ感覚ではないはずだ。
ある★レビューで、本書は「大部分が学徒動員組について書かれている」とあるが、違う。本書では10名が登場するが、「学徒出陣組」は東京商科大学の松林氏、鈴木氏、東京帝国大学の伊東氏の3名だけだ。本書の真髄は、まだ初々しい少年が当時の空気から、また憧れから、予科練に入り戦闘機乗りになり、或いは図らずも学業途中で学徒出陣を余儀なくされ、結局は第1航空艦隊201航空隊の玉井浅一中佐のような副官から「どうだ、やるのか、やらんのかっ!!」とすごまれ、特攻出撃した兵士たちの記だ。
念の為に付記すると、その★レビュアーが言う「学徒動員」とは、1943年以降に深刻な労働力不足を補う為に、中等学校以上の学生が軍需産業や食料生産に動員されたことをいう。よって本書には登場しない。本書に登場するは「学徒出陣」で、1943年以降に兵力不足を補う為に文科系(と一部の理科系)の大学生が徴兵されたことをいう。 本書には「学徒動員」の人はいない。「学徒出陣」が前述の3名だ。 KAMEさん、言葉の違いがわかるかな?